2008/9/2  1:19

ブログ記事訂正のお知らせ [かんら信金元職員]  土地開発公社51億円横領事件

■平成19年10月6日付けで、当会では次の記事をブログに掲載しました。


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かんら信金の合併と元支店長とタゴ事件  土地開発公社51億円横領事件

かんら信用金庫が、平成19年11月26日(月)に多野信用金庫、ぐんま信用金庫と合併して「しののめ信用金庫」になるとの通知が、預金者に配布されました。
それによると新しく生まれかわる「しののめ信用組合」は、かんら信用金庫の企業理念「愛本位主義」というのを普遍的精神として継承するそうです。「人間愛」を発想や行動の原点に捉えて、強く健全な21世紀型の信用金庫を築き上げる決意だとか。
安中市役所の前にある「かんら信用金庫」では安中市土地開発公社事件発覚当時の平成7年5月31日に、石原・元安中支店長が退職しました。解雇理由は当時、当会がかんら信金の総務部に問い合わせましたが、個人情報ということで取り合ってもらえませんでした。しかし、警察の捜査資料から、公社職員の多胡邦夫と、骨董業者の間を取り持ったことから、多胡邦夫との密接な関係が原因と見られます。
多胡邦夫はかんら信金から、自宅のリフォーム資金としてローンを借りていました。しかし、事件が平成7年5月18日に発覚してから、同月31日に懲戒解雇になった当日に全額を返済していました。多胡邦夫は、骨董の買い付けを一手にやらせた石原元支店長とは竹馬の友の関係だったそうですが、元支店長は、多胡邦夫が残額を返済した同日、勤務していたかんら信金を退職しました。しかし、警察の事情聴取を受けたにもかかわらず、なんのお咎めも無く、現在富岡市内の豪邸に住み続けております。
かんら信金のいう「愛本位主義」とは、多胡邦夫との友情を大事にして、多胡のローン残額を無事に回収した石原元支店長の、友情という一種の「愛」のことを指していると思わざるを得ません。
新しい名称の「しののめ(東雲)」とは、曙光のさしかかった夜明けの意味ですが、かんら信金はこれを「人々の営みが始まる朝だ」として、夜明けの希望に満ちた光に向かっての先導役を果たす使命を表しているんだとか。それより、のうのうと暮らしている古物商の免許をもった元支店職員をなぜ事件発覚直後に辞めさせたのか、そのところに曙光を当ててもらいたいものです。
またひとつ、公社事件の舞台から、当時の名前の関係法人がなくなることになります。しかし、かんら信金が、しののめ信用組合に名称を変えても、103年ローンを支払わせられる安中市民は、事件の真相に元支店長が絡んでいることを決して忘れません。
【ひらく会事務局】
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■その約4ヵ月後、コメント欄に次の2件のご意見をいただきました。

タイトル:かんら信金の合併と元支店長とタゴ事件
日時:2008/2/10 20:52
投稿者名:うそが許せない者
コメント:当時のかんら信金安中支店長は佐藤という人であり、石原というひとではない、嘘を平気で書き込み偽善者ぶった馬鹿が一番タチが悪い、正確な情報をもとに自分たちの所見は公開すべきである、ばか者が・・・・・

タイトル:かんら信組の合併と元支店長とタゴ事件
日時;2008/3/8 20:27
投稿者名:?
コメント:タゴ事件当時のかんら信組安中支店の支店長は石原さんという方だったのでしょうか、これが嘘の情報であったら、市政をひらく安中市民の会はどう責任をとるのでしょうか?別に安中に何の関係もない人間ですので、どうでもいいんですけど、この情報を見て信じた人たちに対して、どうするつもりなのでしょう?

■投稿者の氏名や連絡先が分からないため、直接確認することができませんが、どうやら、コメントの趣旨は、「平成7年5月31日に当時のかんら信金安中支店に勤務していた、タゴの友人の古物商の免許を持っていた人物は、当時、安中支店長ではなかった」という指摘のようですので、とりあえず平成19年10月6日付の当会のブログのうち石原氏のタイトルに関して「安中支店長」→「安中支店職員」と訂正しておきました。

このかんら信組安中支店職員だった石原保さんという人については、当会も重大な関心を持っており、今回の巨額横領事件の真相のカギを握っている人物のひとりだと考えております。

■タゴは「骨董品を足利市の一品堂から直接大量に買付けた」と証人尋問で裁判長に陳述していますが、当の一品堂の店主いわく「タゴという人には一つも売っておらす、全て仲介者を通じて骨董品を販売した」と、石原さんに売ったことを示唆しており、両者の言い分は大きな違いを見せています。警察は、タゴの骨董倉庫にぎっしり詰まった骨董品のチェック作業に、一品堂の店主の協力を得ています。「一品堂はタゴに直接に売っていなかった」ということで、警察も慎重に判断した結果、51億円横領事件に直接関与していないという結論を出して、タゴが石原氏に頼んで買ってもらった膨大な骨董品のリストアップ作業への協力を一品堂に依頼したのだと思われます。

ところが、刑事裁判に出された刑事記録の内容は微妙に違っていたのです。骨董品の売買に関して、当会がこれまでに取得した情報は、51億円事件発覚後、3ヶ月を経過した平成7年8月21日(月)午前10時に、前橋地裁で開かれたタゴ51億円事件の刑事裁判の初公判の検察による冒頭陳述だけです。

その冒頭陳述で、検察官が「古美術品販売店一品堂経営者O:平成3年秋ごろ、かんら信組職員Iの紹介で被告と知り合い、長期間多量に被告に販売した」と言ったので、傍聴席を占めた当会メンバーなど満員の傍聴人はどよめきました。ちなみに、石原という人物の名前が表に出たのはこのときだけです。その後は、警察も検察も二度と名前を口にしたり、マスコミに流すことは決してありませんでした。

■ところで、当時、この初公判の模様を、当会の前身である市政をただす安中市民の会の会報第13号に掲載したところ、どこで会報を入手したのか、後で地検から「会報の内容が詳しすぎる」と厳重注意を受けたことがあります。冒頭陳述で発表したのだから公の情報であるはずですが、「なぜ司直は、そんなに神経質になるのだろうか」と当会一同で驚いたことがあります。

その理由は、前述のように、大量の骨董品は、タゴが一品堂から買ったのではなく、仲介者である石原さんが一品堂やその他の骨董商から買付けていたからなのです。つまり、警察や検察は、「石原はあくまで紹介者であり、実際に骨董品の売買は、一品堂と多胡の間で取引されていた」というふうに、事実を捻じ曲げて供述調書を作成した可能性があるのです。だから、一品堂の店主は警察から「このことは誰にも言うな」と釘をさされたのでした。

このため、当会では、刑事記録を閲覧して、かんら信組元職員石原さんの供述内容を確認しようと努力してきましたが、現在に至るまで、刑事記録の開示は実現しておりません。

■このたび、思いもよらず、石原さんという人について、当時を知る二人の投稿者(ここではAさん、Bさんと呼ばせていただきます)から、今年の2月にご指摘をいただきました。

Aさん「当時のかんら信金安中支店長は佐藤という人であり、石原というひとではない、嘘を平気で書き込み偽善者ぶった馬鹿が一番タチが悪い、正確な情報をもとに所見は公開すべきだ」

Bさん「タゴ事件当時のかんら信組安中支店の支店長は石原さんという方だったのでしょうか、これが嘘の情報であったら、市政をひらく安中市民の会はどう責任をとるのでしょうか」

この指摘内容から、コメントをくださった投稿者は、かんら信金のことをよく知っている方とお見受けしました。たしかに、検察の冒頭陳述では、石原さんのことについて、「かんら信組職員」と表現しており、支店長とは言っていません。その点はもっと留意しておくべきでした。しかし、司直が、石原さんの供述調書の閲覧を当会に許可しないため、石原元職員が、ヒラ職員だったのか、支店長のような幹部職員だったのかは、当会としてきちんと特定しようとしたが、残念ながら果たせなかったという事情や経緯があることも事実です。

したがって、Bさんから「これが嘘の情報であったら、市政をひらく安中市民の会はどう責任をとるのでしょうか?」と問われれば、Aさんの言葉のように「一番タチの悪いこの馬鹿者」と言われても仕方がありません。当会としては「石原さんが事件発覚直後、なぜかんら信組を辞めたのか。理由を知っていたら教えて下さい」とかんら信組(現・しののめ信組)総務部にお伺いするしかありません。

■もし、投稿者の皆様が、当時、かんら信組の関係者でいらっしゃれば、ぜひ、当会のお願いを聞き届けていただけますよう、よろしくご協力をお願いします。なにしろ、かんら信組の総務部は、当時、石原氏の退職の経緯に関する当会の質問に対して、「第三者に説明する義務はない」として、ケンモホロロの対応だったものですから。

なお、「タゴの竹馬の友」といわれ、「銀行員なのに古物商の免許を持っていた」このかんら信金(現:しののめ信組)の元職員の不可思議な行動については、これまでに当会が得た情報をもとに逐次、お知らせしていきたいと思っています。

当時を知っておられる投稿者AさんやBさんにも、ぜひ忌憚のないコメントをどしどしお寄せいただきますようお願いします。

【ひらく会情報部】
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