2009/2/14  16:34

「二度と電話しねぇでくれ」タゴ事件のカギ握るX氏の問答無用  安中市土地開発公社事件クロニクル


■タゴ事件が市役所内部で発覚した平成7年(1995年)5月18日から半月後、同年6月3日に上毛新聞に初めて記事が掲載され、私たち安中市民は驚愕しました。歴史的な日から、やがて14回目の春を迎える今日この頃ですが、かつて当会が、この空前絶後の事件の関係者へインタビューを敢行した内容を、今あらためて吟味をしてみました。皆さんとともに、この不思議な事件の深淵を見詰め直してみたいと思います。

 タゴは12億円もの骨董品を、「主に栃木の古物商から買った」と供述したことから、古物商の話を聞く必要があると考えた当会では、事件の舞台の一部となった栃木県足利市を平成9年(1997年)5月25日に訪れました。その機会に、くだんの古物商である一品堂を訪問し、同店主からタゴ事件に関する情報を詳しく聴取しました。聴取内容は、07年8月25日の当会のこのブログ「タゴの仲介者はなぜ起訴されないのか」をお読み下さい。

 一品堂店主の説明で判明したのは、次の重要なポイントでした。

(1)タゴが横領金12億円で買ったとされる骨董品について、マスコミは、一品堂が全部売ったかのように報じたが、実際には、一品堂はタゴには相対で一つも売っていない。

(2)一品堂からタゴに流れた骨董品は、全体の3割前後で、総額3億円程度。

(3)警察は、一品堂を、タゴの骨董倉庫内の捜索に起用しており、タゴの共犯とは見ていなかった。

(4)タゴは、一品堂をはじめ、全部で4つの骨董業者から骨董品を買ったが、全て、仲介者を通じて、品物の取り寄せと検分、価格交渉、代金支払を行なっていた。

(5)仲介者は、安中市在住ではない金融関係者で、タゴと非常に親しい人物。

(6)仲介者は、一品堂から骨董品を買付ける際に「昔から持っている地所をゴルフ揚に売って金があるので、将来美術館を作るから、いい品物がほしい」と言っていた。

(7)タゴが購入した骨董品の中には贋物が多数含まれていたが、それらも全て仲介者を通じていた。にもかかわらず、タゴの骨董倉庫の捜査協力で、その事実を知った一品堂店主に対して、警察は、「一品堂から買ったということにしておいてくれ」と固く口止めをしていた。

■タゴ事件の報道で、マスコミは、タゴに大量の骨董品を売りつけていたのは栃木県足利市の一品堂だと報じたので、安中市民はてっきり一品堂がタゴとグルだったのではないかと考えていましたが、実際にインタビューをした結果、警察が情報操作していることが判明したのです。

 そこで、当会では、さっそく1997年5月28日に、捜査関係者とコンタクトして面談を申し込みました。そのやり取りは、当会のブログの2007年9月17日の「安中市土地開発公社事件の深淵…捜査側の感想」をごらん下さい。

 こうして当会は、タゴに骨董品を仲介した金融機関勤務のタゴの親友とされる人物(ここでは仮にX氏としておきます)の話を聞く必要性を痛感しました。X氏が、そんなに重要な立場にあったのであれば、前代未聞のこの巨額詐欺横領事件の真相のカギを握っているはずです。なぜ、警察や検察はその存在と役割を知りながら、なぜタゴの共同正犯として扱わなかったのか。この疑問を解明するためにも、ぜひ、その人物にあって、言い分を聞く必要があったからです。

■そこで、当会では、X氏本人の住所と電話番号を調査したところ、当会会員らの協力によりようやく富岡市内で突き止めることができました。

 そこで当会情報部では97年8月12日の夕方、X氏本人に電話インタビューを敢行しました。目的は、@面談の許可を頂くこと、そのうえでA竹馬の友であるタゴとX氏の関係と、B実際にタゴは骨董品を一つも自分で買ったことはなくすべてXが仲介したことの確認、そして、C骨董品の買付に使ったカネの出所についての説明を聞くことでした。

■最初に電話に出たのは夫人と見られる女性でした。当会ではセールス電話と間違われないように、安中の市民団体であることと、X氏と話がしたいことを予めきちんと告げましたが、不安そうな声で「お待ちください」と言われました。

 やや時間をおいて、押し殺した男性の声が電話から聞こえてきました。当会の紹介の後、氏名を確認し、X氏本人に間違いないことを確信しました。

 次に、この時の当会の上記項目に関する質問に対するX氏の回答を紹介します。冒頭に面談をお願いしましたが、結局、応じてもらえないため、上記A〜Cについて電話で質問しました。しかし、当会の質問には体系だって答えていただけず、取り付くシマが無い状態でのやり取りでした。でも、御本人の狼狽した様子は、手に取るように感じられました。

■X氏の発言は次のように、断片的なものでした。

「私はね、(タゴと)知ってるだけの友人だったですから、それだけですから、私が言ったことは警察の方に言っていただければよくわかるんですよね。」

「(タゴ)ご本人は、もう刑を受けて、現在そういう形になっているんでしょう。それをさあ、私に今頃なんてそんなことを聞こうというんですか。そんなこたぁ、関係ないでしょう。」

「だから(皆さんが事件についての)情報不足と言ったって、もう本人はさあ、(刑を)受けていることでしょう。だから、私なんか、何も関係ないわけなんだもの。」

「今さら、どんな関係だったか、いう必要もないでしょう。」

「今頃、こんなところに聞いてくるなんて、おかしいんだいね。失礼も甚だしいよ。」

「間違った情報ったって、そんなことは、みな、あれでしょう。知っている事でしょう。」

「(しかし、この事件ではわからないことだらけだ、というと)わかんないということは無いんじゃないですか、あれだけハッキリしているじゃないですか。私になんで話をしてくれるんじゃないんでしょうか。」

「今更、聞く必要はないし、私共も関係ないんだから、そんなことを私のところに今から聞くべぇと言うんですか。筋が違うでしょう。」

「(骨董品をタゴが)買ったんだから、事実そうでしょう。」

「(なぜタゴがそれだけの資力があったのかどうかという件について)そんなことは電話で足りるんですか、それで、そんな者を今更さぁ、そんなことは私はもうね、嫌なんですよ。」

「だから失礼だろ! そんなこたぁ。もう本人は実刑されているんだろう。それを何しに私のろころに事情を聞くんですか。本人が言ってる事で間違いは無いんだろう。」

「本人がどこまで言っているかって。そんな事は俺が知るかい。全部、そんな事は。そんな事はね、もう2度と電話しねえでくれ。」(電話がプツンと切れた)

■この電話に対するX氏の反応により、当会ではX氏がタゴ事件解明の重要なカギを握る人物だと確信するに至りました。なぜなら、当会の別ルートでの調査の結果、X氏は、タゴの最も親しい友人であり、麻雀が大好きだったからです。また、X氏の親は、X氏の勤務する金融機関に昔から住み込みで管理人として働いており、当該金融機関のすべてを知り尽くしているので有名だったからです。当会では、実際にX氏の自宅も拝見しましたが、豪邸とよぶにふさわしい立派な自宅にお住まいであることが分かりました。そのため、当会では、X氏の刑事記録や調書について、前橋地検に対して、タゴ事件に関して、とくに次に示す骨董品関連の証拠資料の閲覧請求を粘り強く行ってきました。

**********
【タゴ刑事事件証拠等関係カードのうち骨董品関連の証拠資料】
▼103 供述調書
 H7・06・29(小貫達)
 被告人との交際状況等、被告人に骨董品を販売していた状況、平成3年頃かんら信金職員Xの紹介で被告人と知り合い、長期間多量に被告人タゴに販売していた。
※甲33号 336号として
 立証:被告人に骨盗品を販売していた状況
▼359 捜査報告書
 H7・11・16 小貫達方
▼360 捜査報告(押収)
 H7・11・16
※甲43号 445として
 立証:一品堂を紹介・仲介
▼361 捜査報告(写報)
 一品堂状況
▼362 供述調書
 H7・7・12(小貫達)
 被告人に骨董品を販売していたこと及びその販売価格
▼363 供述調書
 H7・6・12(X)
 被告人に一品堂を紹介し骨董品を仲介
※甲43号 445として
 立証:一品堂を紹介・仲介
▼364 供述調書
 H7・6・21
▼365 供述調書
 H7・7・12
▼366 供述調書
 H7・7・14
▼367 供述肩書
 H7・6・23(佐藤洋一)
 Xに古美術品を販売していた状況
※甲143号 455として
 立証:Xに古美術品を販売していた状況
▼368 供述調書
 H7・8・22(佐藤洋一)
 Xに古美術品を販売していた状況
※甲43号 456として
 立証:Xに古美術品を販売していた状況
▼369 供述調書
 H7・6・30(小林紀一)
 Xに古美術品を販売していた状況
※甲43号 457として
 立証・・Xに古美術品を販売していた状況
▼370 供述調書
 H7・6・30(小林紀一)
 Xに古美術品を販売していた状況
※甲43号 458として
 立証:Xに古美術品を販売していた伏況
**********

ところが、前橋地検は、X氏をはじめタゴと物品や金銭取引の事実があった関係者らの供述調書や関連資料を一切開示せず、もっぱらタゴ本人の供述調書だけを開示しただけでした。それも関係者とのやりとりの部分は黒塗りされていました。

■そこで当会は、平成11年5月28日、同6月14日、同1月15日付けで、再三にわたり詐欺横領の共犯者の捜査申し入れを前橋地検にしました。

 まず、平成11年5月28日に、X氏を告発できるかどうかの相談を高橋検察官に申し入れました。同官のアドバイスに基づいて、同年6月14日に告発状の案を作成して、地検を訪れました。検務課に行こうとして入口の受付に事情を伝え、ロビーで持たされること15分。ちょうど2階から5月28日にX氏告発の相談をした高橋検察事務官が降りてきました。当会の来庁を知ると、途端に緊張した面持ちになりました。「告発状を持ってきたんですか」と訊かれたので「別の書面です」というと、ホッとした表情を浮かべました。

 その後、松本検察事務官に面会し、用意した告発状案を見せました。すると、松本検祭事務官は、「本件は一度、最高検から判断が出ており、前回(平成9年12月25日)の閲覧時、皆さんに非公開理由を書いたもので渡したはずだ。写しが残っている」と釘を刺されました。

■当会は「当時と今とでは事情が違う。ぜひ再考を」と言うと、「民事不介入だから、検察としては…」と言われました。「とにかく慎重に再審査願いたい」と申し入れたところ「判断に1ヶ月ほどかかる」とのことでした。

 そして、持参した告発状について松本検察事務官に再度アドバイスを求めました。検察の回答は次のようなものでした。

 「告発事実に犯罪の事実として、@どこでXが何をした、Aその行為はどの罰名に該当するのか、つまりいつどこで誰がそんな義務行為として、Bどんな犯罪的構成の行為をしたか、Cこの裏付けとして状況からどんなことがうかがえるか、D人物の相関関係をきちんと記載したか。ひらく会の告発状案を読むと伏況証拠しか言いてない。そうなると実務の段階で告発とするには疎明不十分とされる。また、刑法のほかに、古物法という罰名が上げられているが、古物法は特別法であり刑法には当たらない」などとケチをつけられた挙句、「この告発状では背景や事情について一部分のみ袖出しており、タゴ事件のあらましについての記載も必要なので、とりあえず申上書として提出してはどうか」などと言われました。

 明らかに、タゴの共犯者の告発状を受け取りたくないとする意向がありありと伺えました。

■結局、前橋地検の再審査結果についての判断は次のような理由でした。
 @本事件は裁判で確定した。
 Aこれ以上の事実を特定するのは難しい。
 B捜査で事実関係はすべて突き詰めたはず。
 C新たな事実が浮かんでこない。
 Dこれ以上捜査すると、平穏に生活している人の日常を乱すおそれがある。

 明らかに共犯が疑えるのに、捜査権限を持つ警察や検察は、なぜか捜査に消極的な対応をとり続けました。この結果、タゴ事件の鍵を握る重要人物のひとりと目されるX氏の事件への関与を知りつつ、検察は何も行動を起こさないまま、タゴ事件の刑事犯罪の時効が平成14年5月末に確定してしまったのでした。

■市民からの告発状を受理しようとせず、告発状の書き方について散々ケチをつけた挙句、「疎明不足」と決め付けて時効到来を招いた司直の体質は、現在も連綿と受け継がれており、タゴ事件を取り巻く底知れない不気味なバリアーを形作っています。

 なお、X氏については、当会の会報「まど」2005年4月号でも紹介しましたが、当時、当会の会員読者から住所や氏名、連絡先を散えてほしい、との要請を幾つも頂きました。残念ながら事務局からは開示できませんでしたが、タゴと親しかった安中市の職員のほうがX氏のことはよく知っているはずです。一緒に、賭けマージャンをやった職員も少なからずいるはずだからです。

 タゴ事件が1995年6月3日に新聞報道され、市民が知って仰天した頃、市役所内部では、「職員は報道機関に口をきくな」との訓令が発せられました。もちろん、一般市民にも市役所はいまだにタゴ事件について口をきいてくれません。市民が真実を知り、解決していかなければならない問題は、あまりにも長い間、そのままに残されているように思われます。

【ひらく会情報部】
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