2016/9/22  0:45

豊洲の土壌汚染原因者の東京ガス=有毒スラグ汚染原因者の大同特殊鋼=赤城バイオマス発電の関電工の相関性  東京ガス高圧パイプライン問題

■もともと東京ガスの石炭乾溜方式のガス製造工場があった跡地に首都東京都民の食材を扱う市場を移転すること自体、常識ではありえないことですが、それを平然とやってしまうのが我が国の行政です。案の定、築地市場の豊洲移転で連日、大揺れの報道が飛び交う始末になっています。前述の通り豊洲新市場は東京ガスの工場跡地で、土壌には有毒物質がたっぷり含まれていました。2008年の調査では、発がん性物質のベンゼンが基準値の4万3000倍という、日本の土壌汚染史上最大の高濃度を検出するなど、“我が国最悪”とも呼べる汚染地帯でした。
※東京ガスの行状と本性については当会のブログ集を参照ください。
http://pink.ap.teacup.com/applet/ogawaken/msgcate11/archive


 ここに手狭で老朽化したということで築地市場を移転させて「豊洲新市場」の看板を掛けること自体、無理難題でしたが、東京都は「土壌汚染対策として、敷地全体の汚染土を削ってきれいな土で“盛り土”をした」と説明してきました。しかし実際には建物の地下では行われておらず、嘘っぱちだったことが明らかになったのでした。

 自ら汚染対策として「盛り土」方式に決めておきながら、実際には東京都は、建物地下に“盛り土”をしないで、高さ約5mの不可解な“地下空間”を作ってしまいました。この「地下空間」は、東京都が2007年の専門家会議で、市場で使われる荷台付き小型三輪車(通称「ターレ」)の置き場や、配管メンテナンス用の地下ピットとして提案したもの。しかし専門家から、「(ベンゼンなどの)揮発性のものは、隙間や亀裂から室内に入り込んでたまってしまう可能性がある」との指摘を受けました。

 その後、東京都からは、「やはり建物地下には盛り土はせずに地下空間を作ります」などという説明が一切なされないまま、858億円もの巨額な土壌汚染対策費用が投入されたのでした。当然責任追及が為されなければなりませんが、現在の報道を見る限り、関係者による責任のなすり合いが続いている感があります。

 当然のことながら、納税者としては、巨額の公金が投入されたこの汚染対策事業について「いつ、誰が、どのように、このような判断を下したのか」を徹底的に明らかにしない限り、納得できないわけで、まずは当時の都政の最高責任者である石原慎太郎元都知事にその説明責任を果たす義務があるわけです。なぜなら、この築地の豊洲移転は、石原氏の現職期間中(1999年〜2012年)に発案され、推進され、予算案が可決されたからです。

■この豊洲新市場の騒動に接している群馬県民としては、群馬県内で起きている有害スラグによる土壌汚染問題や、赤城南麓の木質バイオマス発電による木質チップの放射能を含む搾汁の地下浸透による土壌汚染問題を思い起こしてしまいます。

 大同特殊鋼も、東電グループの関電工も土壌汚染の原因者となる(あるいはなり得る)にもかかわらず、行政からの手厚い支援を受けて、超法規的措置で保護されている感があります。

 そうしたなか、環境とCSRに焦点を合わせた日本唯一のビジネス情報誌を標榜する「オルタナ」マガジンが、豊洲新市場にかかる土壌汚染問題で興味深い記事を掲載しています。さっそく見てみましょう。

**********オルタナ 9月21日(水)11時59分配信
http://www.alterna.co.jp/18894
豊洲の土壌を汚染した東京ガスの社会的責任は
 築地市場の豊洲移転を巡っては、土壌汚染対策として「あるはずだった盛り土」が無かったことで、紛糾の度合いが一気に高まった。メディアは石原慎太郎・元都知事や元市場長らに矛先を向け始めたが、そもそも土壌を汚染した東京ガスの責任を問うメディアは意外に少ない。(オルタナ編集長・森 摂)

 同社は、汚染対策工事費用100億円と追加の78億円を東京都に支払い、これで決着を付けたようだ。しかし、こうした「経済的責任」以前の「法的責任」、そして「社会的責任」に対して同社はどう向き合ってきたのだろうか。

 そう考えていた最中に、一般社団法人環境金融研究機構(RIEF)の藤井良広・代表理事(元日本経済新聞編集委員、元上智大学大学院教授)が9月18日、「東京都・豊洲市場 土壌汚染問題。汚染地を売却した東京ガスの責任はどうなのか?」と題した記事をRIEFのサイトにアップした。
 藤井氏は次のように記事をまとめた。「長年にわたって土壌汚染を積み重ねてきたのが東ガスであることは否定できない事実である。少なくとも企業の社会的責任(CSR)の観点からの対応責任は今も、東ガスにもあるとみるべきだろう。しかし、東ガス自体は、今回の問題再燃に対して、臆病なほど発言を控えているようにみえる」
 確かにメディアで連日、豊洲の問題が取り上げられているにも関わらず、同社が改めて土壌汚染問題で説明したという話は聞かない。都庁関係者や市場関係者が大混乱になる中で、汚染源の発生者としての社会的責任は改めて問われないのだろうか。
 藤井氏は電話で「買ったのが民間企業なら必ず訴訟になっていた案件。東京ガスは汚染対策費を負担したとしても、それでも説明責任はある。CSRこそ本業の価値に影響する。さまざまなリスクがちらついている中で、株価に影響する可能性もある」とのコメントを寄せてくれた。
 東京ガス豊洲工場は1956年、当時の最新鋭の技術を集めて完成した(1976年まで20年間操業)。当時の都市ガスは、現在の天然ガス(LNG)と違い、石炭を蒸し焼き(乾留)にして作られた。石炭を炉に投入し高温で乾留すると、ガスが20−24%取れる。その過程でコールタールやベンゾールなどが発生し、最後にコークスが残る。コークスは製鉄や蒸気機関車の燃料になった。
 このガス製造の副産物が、いま問題になっているベンゼン、シアン、鉛、ヒ素、六価クロム、水銀など。豊洲工場の跡地からはベンゼンが環境基準の43000倍、シアン化合物も同860倍も検出されている。
 これらの苛烈な土壌汚染について、東京ガスはその法的責任に向き合ってきたのだろうか。
 まず公害対策基本法(1967年)と、その後を継いだ環境基本法(1993年)。さらには土壌汚染防止法、水質汚濁防止法などの法令もある。これらについてオルタナ編集部は、環境省の担当者に今回の豊洲の土壌汚染についての見解を聞いた。
 では、同社の社会的責任はどう果たされるべきなのだろうか。近年のCSRでは、直接的に法令(ハードロー)に違反しないと思われる事例(ソフトローの範囲)においても、ステークホルダーとの対話を通じて説明責任を果たすべきという考え方が主流だ。
 同社のステークホルダーの第一は住民だろう。住民は工場の土壌に今も残る苛烈な汚染の影響を直接的・間接的に受ける可能性があるとともに、ガスの直接的なユーザー(顧客)でもある。その次に、従業員とその家族だ。すでに40年前に操業を停止したものの、これだけの汚染を出し続けてきた工場で働いた人たちに健康被害はなかったのだろうか。
 株主への説明責任も当然ある。コーポレート・ガバナンス・コードの「基本原則3」には「上場会社は(中略)リスクやガバナンスに係る情報などの非財務情報について、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである」との記述がある。
 何よりISO26000は、企業(組織)の社会的責任を「組織の決定および活動が社会および環境に及ぼす影響に対して、透明かつ倫理的な行動を通じて組織が担う責任」と定義している。そこには「健康及び社会の繁栄を含む持続可能な発展への貢献」が含まれる。今回の豊洲の土壌汚染は、まさに「組織の決定及び活動が社会および環境に及ぼす影響」に該当する事例であろう。
 その上で、オルタナ編集部は、東京ガス広報部に下記の三つの質問をした。
 1)なぜ豊洲工場でのガス製造過程において土壌を汚染してしまったのか。土壌汚染への対策は取っていなかったのか。
 2)2007年3月、貴社が豊洲工場敷地の土壌対策を完了した後、なぜ東京都がさらなる土壌汚染対策をしなければならなかったのか。
 3)豊洲工場の土壌汚染について、社会的責任に基づき、ステークホルダー(顧客である都民、従業員、株主など)への説明はどのようにしてきたか。(東京ガス広報部の回答は末尾記事を参照ください)。
 ところで、東京ガスのホームページには、これまでの土壌汚染の事例と経過の説明があった。そこには豊洲だけではなく、実に14カ所(※)の同社所有地で、「部分的に環境基準を上回る汚染物質(主にシアン、ベンゼン、砒素)が検出された」ことを明らかにしている。(※大森用地、千住用地、相模原用地、日立用地、宇都宮用地、平塚用地、甲府支社用地、甲府工場用地、鶴見事業所、末広工場跡地、横浜工場跡地、平沼用地、江東区の深川用地、熊谷用地)
 同社は土壌汚染について「操業開始の時期が古いため、正確に原因を特定することは困難ですが、装置の損傷等による漏洩があり、土壌に浸透したものと推定されます」と回答した
 だが、これほど多くのガス製造工場で、一様にシアンやベンゼンが検出されたということは「石炭の乾留技術は土壌汚染を前提に成り立っていた」と結論付けざるを得ない。この点については、引き続き東京ガスに回答を求める予定だ。

**********http://www.alterna.co.jp/18895
豊洲の土壌汚染問題について環境省の見解
 豊洲の土壌汚染問題について環境省の見解は次の通り。
(2016年9月20日、オルタナ編集部が電話取材)

1)環境基本法に違反していないか。
 環境基準の値を守ることが望ましいが、守らなければいけないものでもない。環境省としては指導できるものではない。
●環境省 水・大気環境局 土壌環境課 中村 功 係長

2)土壌汚染防止法に違反していないか。
 掘削工事を行う場合に届出の義務がある「形質変更時要届出区域」に該当する。土壌汚染の人への摂取経路がなく、人が立ち入らない場所で、対策はしなくても措置が必要となる
●環境省 水・大気環境局 土壌環境課 中村 功 係長

3)水質汚濁防止法に違反していないか。
 工業用水など流すことを禁止した「特定施設」に該当する。東京都に届け出の義務がある。違反している・していないの判断はできない。
●環境省 水・大気環境局 土壌環境課 地下水・地盤環境室 遠藤 祐太郎 係員

**********http://www.alterna.co.jp/18896
豊洲の土壌汚染について東京ガス広報部の回答
 豊洲の土壌汚染について、オルタナ編集部からの質問に対する東京ガス広報部報道グループ・府川浩明氏からの回答は下記の通り。

1)なぜ豊洲工場でのガス製造過程において土壌を汚染してしまったのでしょうか。土壌汚染への対策は取っていなかったのでしょうか。

回答: 豊洲工場では、昭和31年から昭和51年まで、石炭を主原料として都市ガスを製造しており、その製造の過程で、ベンゼン・シアン化合物等の物質が生成されていました。それが何らかの理由で土壌に浸透したものと思われます。操業開始の時期が古いため、正確に原因を特定することは困難ですが、装置の損傷等による漏洩があり、土壌に浸透したものと推定されます。
 工場操業時には、昭和34年(1959年)に施行された下水道法、昭和42年(1967年)に施行された公害対策基本法、昭和43年(1968年)に施行された大気汚染防止法、昭和44年(1969年)に施行された東京都公害防止条例、昭和46年(1971年)に施行された水質汚濁防止法などがございましたが、稼働中は常にその当時の環境規制法規を順守しておりました。


2)2007年3月、貴社が豊洲工場敷地の土壌対策を完了した後、なぜ東京都がさらなる土壌汚染対策をしなければならなかったのでしょうか。

回答: 弊社は豊洲地区用地について、平成10年7月から土壌調査を実施し、平成13年1月にその調査結果を公表の上、東京都の「環境確保条例」並びに東京都との合意に基づいて対策工事を実施し、平成19年4月に「汚染拡散防止措置完了届出書」を東京都に提出して確認をいただき、対策工事を完了しました。これにより、東京都との合意事項を履行し、法的な手続きを完了いたしました。
その後、東京都が「食の安全」のために実施しました詳細調査において、新たな汚染が確認されたため東京都が土壌汚染対策を実施したものです。東京都は市場施設建設に伴い土壌汚染対策を実施しておりますが、自然由来を除いた土壌汚染は弊社の工場操業に由来するものと考えられ、市場が公益性の高い施設であることから、これまでの経緯を踏まえ、東京都との協議の結果、東京都が実施する土壌汚染対策費の一部を負担することといたしました。


3)豊洲工場の土壌汚染について、社会的責任に基づき、ステークホルダー(顧客である都民、従業員、株主など)への説明はどのようにしてきたのでしょうか。

回答: 豊洲工場の土壌汚染に関しては、以下の内容をプレスリリースおよび「CSRレポート」等にて情報開示するとともに、株主様向けに適時開示を実施しております。
(プレスリリース)
・平成13年1月25日「社有地の土壌調査結果と今後の対応について」
(CSRレポート)

http://www.tokyo-gas.co.jp/csr/report_j/5_environment/management02_01.html
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■小池新知事が果たしてどこまで苛斂誅求を極めて真相を暴き出せるかが注目されます。それに比べると我らが群馬県においては、まさに汚染原因者にとってのタックスヘイブンみたいな行政による手厚い保護環境が整えられているとしかいいようのない状況が繰り広げられています。

 これからも大同スラグによる土壌汚染問題や、関電工らによる放射能汚染木材の大量搬入とチップを高圧の圧縮プレスで水分を絞り出し、放射能汚染された水を地下浸透させることによる土壌汚染問題について、粘り強く追及していきます。

【市民オンブズマン事務局からの報告】

※参考情報
*********週刊文春2016年9月29日号(9月21日発売)
総力取材 豊洲の「戦犯」 石原慎太郎とドン内田
▲石原単独直撃「豊洲は専門じゃない。浜渦副知事に一任していた」
▲ベンゼンまみれの豊洲が1859億円 浜渦がサインした疑惑の覚書
▲土壌汚染対策工事を全区画受注 鹿島専務は石原知事元秘書
▲民主党議員を寝返らせ1票差で豊洲移転を可決させた内田茂
▲小池知事が空けたパンドラの箱「落とし所は決まっていない」


盛り土問題をきっかけに混迷を深める豊洲新市場問題。誰が、いつ豊洲への移転を決めたのか。なぜ、豊洲でなければならなかったのか。その経緯を検証すると、二人の「戦犯」が浮かび上がる。そして、暗躍した副知事の存在。すべては石原都政時代に始まった――。

 九月十八日夕方、閑静な高級住宅街にある石原慎太郎元都知事(83)の自宅前は、多くのテレビカメラと記者に囲まれていた。玄関に姿を見せるや「あなた方に話をする必要はない。邪魔だ、帰りなさい」と言い残し、足早にウォーキングに出掛けていく石原氏。小誌記者は一人その後を追いかけ、声をかけた。
 なぜ汚染された豊洲の土地を買ったのか。
「何も知らない。あれは福永(正通副知事)から引き継いで浜渦(武生副知事)がやったんでしょ。僕はね、横田(基地)とか、大江戸線とか、尖閣諸島を守ることに必死だったから」
――つまり豊洲は専門ではない?
「まあ、彼は一緒に使命感を持ってやっていたけどね、僕は人から聞いたんだけど、浜渦が胸張って『俺が実質的知事』と言ってた(笑)」
 築地市場の移転先となる豊洲新市場。だが、その主要建物の地下で、都が土壌汚染対策に実施したとしていた「盛り土」がされていなかったことが明るみに出ると、移転を推進してきた石原氏の関与が注目を集めるようになった。
「当初、石原氏は『これは僕、騙されたんですね。手を抜いて、していない仕事をしたことにし、予算措置をした。都の役人は腐敗している』と“被害者”であると説明していた。ところが、二〇〇八年五月の知事会見で建物下にコンクリートの箱を埋める案に言及していたと報じられると、『市場長から(地下空間案の)報告を受けた』と言い出したのです。これに対し、当時の中央卸売市場長の比留間英人氏は『知事から提案がありました』と否定しました」(都庁担当記者)
 二転三転する石原氏の説明。小誌に対しても、石原氏は「比留間君には僕のほうから言ったんだ」と前言を翻してこう続けた。
「比留間から(報告が)上がってきたんじゃない。この話はね、週一回の副知事もいる幹部会で『こういう話もあるよ、やってみたらどうだ』と言ったら、なるほどとなって、その後の記者会見で僕は披露したんだよ。あれ(地下空間案)は悪いわけじゃない。あそこに本当に二階、三階の駐車場を作って建物を造ったほうが支えになると聞いて、なるほどと思って、比留間君に言ったんだよ。
 その後、ふぁーっと物事が進んでね、後は全く何の報告もない。(特別秘書だった)兵藤(茂)も『あの話の後、不思議なことに何の報告もなかったです』と言っていた。(彼は)克明に時系列でメモしていたみたいだからね」
 そして「足腰弱っちゃうから。野垂れ死ぬのは嫌だから」と言って、一定のリズムで腕を振り、ウォーキングを続けたのだった。
 混迷する豊洲移転問題。
 もともと移転を巡っては、「築地」ブランドが失われる、豊洲の交通・物流アクセスの悪さ、土壌汚染の危険性などから反対論が根強かった。にもかかわらず、なぜ豊洲だったのか。

★大赤字を消すための移転

「一九六〇年代から築地の移転計画はありましたが、反対論が根強く、八六年に築地での再整備が決定しました。一旦工事が始まったものの、二十年という工期の長さや整備費用が問題視され、九六年に工事はストップ。そこで都が移転候補地を調査したところ、東京ガスの工場跡地で広大な土地がある豊洲が浮上したのです」(元都庁幹部)
 九九年四月、石原都知事氏が誕生すると、豊洲への移転構想が一気に動き出した。その背景にあったのが、都が抱えてきた“ブラックボックス”だ。
「それは、都が推し進めてきた台場、青海、有明などの臨海副都心開発です。豊洲もこの再開発地区に含まれ、駅が開業するなど整備が進められた。しかし、バブル崩壊で開発は失敗に終わり、その特別会計は、累積五千億円超の大赤字を抱えていました。まず、石原氏はこれを黒宇の羽田沖埋立事業会計などと統合させ、赤宇を見えにくくした。そして、築地市場を豊洲に移転させて、超一等地の市場跡地を民間に高値で売却し、赤宇削減と臨海再開発の一挙両得を狙ったのです」(同前)
 だが、移転は簡単ではなかった。土地の所有者である東京ガスとの交渉が難航したのである。
 交渉は当初、福永副知事担当でしたが、なかなか前に進まなかった。東京ガスは、芝浦工業大を誘致するなど独自に豊洲の再開発計画を立てており、土地の売却を渋っていたのです。
 また、東京ガスは〇一年一月、環境基準値を大きく上回るベンゼンなどが検出されたと公表した」(同前)
 ただ、石原氏は諦めておらず、交渉担当を浜渦副知事に交代させていた。
「浜渦氏は、石原氏が国会議員時代から公設秘書を務めてきた側近中の側近。庁内で人事権を振り回し、浜渦氏に近い人間が市場長にも就任していました」(当時、知事本部に勤務していた都庁職員)
 “実質的知事”を自任していたという浜渦氏に改めて経緯を尋ねると、
「私、(豊洲移転は)タッチしましたよ。担当の副知事がいたけど、話が進まなかったので。ダメだったから私が引き取ったんです」
 浜渦氏は、持ち前の“豪腕”で、渋る東京ガスとの交渉を進めていく。
 二〇〇一年二月二十一日には、浜渦氏は東京ガス副社長と〈覚書〉を交わし、十月を目途に地権者との最終合意を得るとした。
 そして、七月六日には、ついに基本合意に達する。
 これにより、築地市場の豊洲移転は大きく動き出すことになった。
 前出・元都庁幹部の解説。
「もともと防潮護岸の整備費は東京ガスも相当程度負担する予定でした。ところが合意文書では、東京ガスの負担をゼロにするという条件が盛り込まれたのです」
 当時、東京ガス副社長として文書にサインした伊藤春野氏は「十年以上前で全部忘れています」と答えた。
 東京ガスの広報部は、
「築地市場は都民をはじめ多くの人々の生活を支える重要な公益施設であることから、基本合意に達しました」と回答した。
 さらに都と東京ガスとの契約では、都の保有地と、工場跡地の五、六、七街区の一部を交換した上で、残りの土地代金を東京ガスなどに支払うことになった。その額は一五年三月現在、千八百五十九億円にのぽる。
 この土地購入を巡って公金支出金返還請求訴訟を起こした水谷和子氏が語る。
「きれいな土地と、汚染された土地を等価で交換していることが、まずおかしいのです。さらに、都は○六年に約七百二十億円で予定地の一部の約十三ヘクタールを東京ガスなどから購入しましたが、この土地の評価額は、汚染なしの土地とほぼ同じです。その理由として、都の財産価格審議会は『東京ガスが○六年三月までに掘削除去することになっているため、土壌汚染対策に関わる要因を考慮外とした』と説明していました。ところが、東京ガスは汚染の“封じ込め”をしただけで、すべての汚染の“掘削除去”までは行っていなかった。この事実は、東京ガスが都に提出した汚染処理の報告書にも明記されています」
 豊洲移転の目算をつけた都は、〇七年以降、予定地全体の土壌や地下水の調査を実施した。その結果、ベンゼンが最大で環境基準の四万三千倍、シアンが九百三十倍も検出される。
 都は専門家会議(座長=平田健正和歌山大教授)を設置。同会議は○八年七月に「敷地全体に盛り土を実施するべき」と提言した。

★「石原には全部言っている」

「『新たな土壌汚染対策を徹底的にやる』と言っていた比留間市場長に対し、石原氏は『時間もかかる。カネもかかる。そこまでやることないだろ』と不満を滲ませていた。平田氏にも『いつまでも四角四面のやり方のままだ』と怒ったことがありました。そこで会見でコンクリ箱案を披露するのです。石原氏の頭にあったのは、早く安く市場を豊洲に移転させることだけでした」(元市場部門幹部)
 紆余曲折をへて進んできた豊洲移転が、最大の危機を迎えたのは、二〇〇九年だった。
 七月の都議選で、移転反対を掲げる民主党(当時)が第一党を占めたのだ。都議会で関連予算が成立しなければ、土壌汚染対策工事も進められず、移転はストップする。
 ここで登場したのが、“都議会のドン”こと内田茂氏(77)である。当時の内田氏は、前出の都議選で落選したものの、自民党東京都連幹事長に留任。都議会に部屋と車が用意され、都政に大きな影響を持っていた。
 そもそも内田氏が“ドン”としての地位を揺るぎないものにしたきっかけは、浜鍋氏だった。
「当初、石原氏と内田氏の関係は険悪でした。九九年に初当選した石原氏が挨拶回りをした際、都議会自民党の控え室には誰もいなかった。内田氏の指示で石原氏と対決姿勢を取ったのです」(都連幹部)
 そして○五年、内田氏主導で都議会に百条委員会が設置され、石原氏の右腕だった浜渦氏はやらせ質問を巡る答弁偽証で副知事辞任に追い込まれる。
「公明党や民主党と太いパイプを持つ内田氏は都議会の意向をバックに、石原氏に『浜渦氏を辞任させるべき』と引導を渡したのです。
 一方で、内田氏はこの後、伸晃氏を都連会長に担ぎ、石原氏に恩を売ることも忘れませんでした」(同前)
 以降、石原氏は内田氏との関係を深めていく。
「〇八年の新銀行東京問題では、自民党が議会で追及しないよう内田氏側に根回しをしていた。内田氏も国会議員や都庁幹部に対し、『石原には全部言っているからよお』と言い放っていました」(同前)
 豊洲移転の最大のピンチに、石原氏はやはりドンを頼った。内田氏は落選中にもかかわらず、民主党との交渉を水面下で指揮する。

★次々民主党都議を寝返らせる

「当時、知事与党対野党の勢力図は六十二対六十三で劣勢だった。そこで内田氏は、築地に関する特別委員会の委員長だった民主党の花輪智史都議を寝返らせたのです。東日本大震災当日に行われた移転関連予算案の採決は、一票差で可決しました。内田氏は、世田谷区長選への出馬を狙っていた花輪氏に『石原知事を応援に行かせるから』と約束していた。実際、石原氏は応援に行きました。花輪氏は区長選に落選しますが、その後の就職の世話も内田氏がしていたといいます。後に内田氏は『花輪への義理は果たせた』と言っていました」(民主党都議)
 その後、花輪氏は石原氏率いる日本維新の会から、都議選や衆院選に出馬したが、落選した。今回、小誌の取材に「築地と区長選は絡んでいない。内田氏は関係ない。就職の世話も受けてない」と回答した。
 だが、議会運営はその後も綱渡りだった。一一年七月には〈内田、許さない〉と綴った遺書を残して樺山卓司自民党都議が自殺したのだ。すると内田氏は再び民主党を切り崩した。
「民主党の相川博都議が離党届を出し、再び与党会派が上回ります。翌一二年三月、移転関連予算案は賛成多数で可決された。内田氏は、この相川氏を一五年に都議会自民党幹事長に就任させます。借りを返すことで求心力を高めるのがドンのやり方なのでず」(自民党都議)
 相川氏はこう語る。
「佐藤広副知事(当時)が高校の後輩で、内田先生に一度会ってくれないか、と言われて会った。(幹事長は)お断りしたんだけど、義理人情だと思いますよ」
 地方自治は、議会と知事が、相互の牽制と調和によって公正な行政を確保する二元代表制をとる。しかし、知事の石原氏と都議会のドン・内田氏が手を結ぶことで、豊洲移転はチェツク・アンド・バランスが働かないまま、今日を迎えたのだ。
 その結果、総事業費は○九年二月時点の約四千三百億円から約五干九百億円と大幅に膨らんでいる。そうした事業費はどこに流れているのか。
 一一年八月にはまず豊洲新市場の青果棟(五街区)、水産仲卸売場棟(六街区)、水産卸売場棟(七街区)の土壌汚染対策工事という三件の競争入札が実施された。
五街区=鹿島ほか六社JV(落札額=約百十四億円)
六街区=清水建設ほか十社JV(約三百十八億円)
七街区=大成建設ほか五社JV(約八十五億円)
「いずれも九五%前後の落札率でした。この土壌汚染工事を巡っては、都は入札の四日前に談合情報を入手していたことを認めています」(ゼネコン関係者)
 しかもJVの筆頭幹事として落札しつつ、他街区でもJVに加わり、結果、五〜七街区全てで工事を落札した社がある。鹿島だ。
 鹿島は一四年二月、豊洲新市場(五街区)の建設工事も、JVの筆頭幹事として落札している。落札率は九九・九六%だった。
「入札直前に都幹部がゼネコン側にヒアリングを行っていたことを朝日新聞がスクープし、官製談合疑惑が取り沙汰されています」(社会部記者)
 実は、鹿島と石原氏には太いパイプがある。鹿島の栗原俊記専務執行役員が石原氏の元公設秘書なのだ。
「栗原氏は鹿島に入社後、すぐに休職して石原氏の秘書になります。石原氏と同じ一橋大学卒で信頼も厚かった。事務所内では総務関係の仕事をしていました。約十五年間秘書として働いた後、鹿島に復帰するのです。それだけブランクがあったにもかかわらず、営業畑であっという間に出世し、いまや専務です。石原都政下では、秋葉原の再開発事業で鹿島に有利にコンぺが行われていたと報じられたこともありました」(石原氏の元秘書)
 栗原氏が社用車に乗って帰宅したところを直撃したが、「私の口からお話しすることは何もありませんので」と語るのみだった。
 鹿島は「栗原氏は(土壌汚染対策工事の)担当ではありません」と回答。都財務局も「一般競争入札の手続きにより適正に行われたものです」と回答した。
 豊洲市場工事を巡っては、内田氏の親密企業も受注したことは、小誌既報の通りだ。豊洲新市場の管理施設棟の電気工事を一三年十二月に約三十八億円で落札したのが、東光電気工事が中心のJVである。
「内田氏は落選中の一〇年から東光の監査役を務めています。報酬は年三百五十万円程度。東光には娘婿まで入社させています」(東光元幹部)
 東光は小誌に「個別の営業は(内田氏に)相談していない」と回答している。
 巨額の税金が投入される中、数々の“闇”が付きまとう豊洲への移転。渦中の石原氏は、小池氏に「徹底してやってもらいたい」とエールを送るが、小池氏の心境は複雑だという。
 「都知事選の最中には、石原氏が都連の大会で小池氏を『大年増の厚化粧で嘘つき』と罵倒していましたから」(政治部デスク)
 小池氏は都知事選出馬前、小誌の取材に石原氏との因縁をこう明かしていた。
「父が石原さんの後援活動をしていた関係で、猪瀬(直樹)さんが辞めた年末、石原さんから電話がかかってきた。事務所でお会すると、『知事選に出ないか。必要なカネも出す。お父さんへの恩返しだ』と言われて。ところが、いつの間にか田母神(俊雄)さんを支援していた。私もビックリしましたよ」
 一部では小池氏と浜渦氏の連携も囁かれるが、「浜渦氏は小池氏の初登庁時に勝手に都庁に姿を見せていました。ただ、小池氏は『浜渦さんは学生時代、我が家に居候していたけど、今は全然関係ない。近いと言われて本当に迷惑している』と言っていた」(小池氏周辺)

★石原氏「強く反省しています」

 石原氏は書面での事実関係の確認に対して、改めて次のように回答した。
「(浜渦氏の交渉経緯について)このような重要な案件を任せたことで、浜渦氏が過剰な権限を行使するに至ったのであれば、強く反省しています。質問内容が事実であるなら、当時の知事としての責任を感じています。経緯等は浜渦氏自身に聞いてもらいたい。
(鹿島の土壌汚染工事について)これら複雑な事情に関しては、一切関知しておりません。(内田氏に頭を下げたことなどは)すべて事実と異なります」
 一方、内田氏が取り仕切ってきた自民党都連に対しても小池氏は引き続き対決姿勢を取っている。
「内田氏の地元、千代田区の区長選が来年二月に行われます。現区長の石川雅己氏は内田氏と対立していますが、小池氏は石川氏を推薦する方向。政治塾の立ち上げも、小池氏を支援した地元区議七人に離党勧告を行った都連への牽制球でした」(前出・小池氏周辺)
 その都連は九月十六日の会合で新執行部を決定。内田氏の顔色を窺う都議からは「小池知事から豊洲移転について都議会に何ら報告がない。マスコミに流れている嘘の情報も含めて、議会で問い質していきたい」との声まで上がっていた。
「都職員の虚偽説明を批判する声も聞こえてきますが、安全対策は万全だと強調して、チェック機能を果たしてこなかったのは、内田氏率いる都議会自民党自身です」(前出・デスク)
 この日、正式に幹事長を辞任した内田氏を直撃した。
――週刊文春です。
「(否定的な)いいよ〜」
――豊洲移転について。
「知らないよ〜。聞いているだけ」
 徹底した情報公開を掲げて“伏魔殿”に斬り込む小池氏。豊洲移転問題をどう決着させるのか。
「小池氏はリオから一日何回も側近に電話し、盛り土問題について指示をしていました。都幹部には全然相談していない。市場担当の中西充副知事はげっそりしています。ただ、当初の想像以上に様々な疑惑が噴出しているのが実情で、落とし所は決まっていません」(前出・小池氏周辺)
 パンドラの箱を開けて見つかったコンクリの箱。都民にとっての希望はどこにあるのだろうか。
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