2017/10/12  23:53

安中市長選挙まであと半年…79歳を迎えた前市長が配布し続ける意味不明の「討議資料」チラシに見える執念  安中市長選挙

■かって、タゴ事件発覚当時、安中市議から群馬県議に出馬する際に、市内全戸にダイレクトメールを出したこともある岡田義弘氏ですが、その直後に発覚したタゴ事件で窮地に立たされたものの裏技を駆使して見事に乗り切り、その後安中市長に上り詰めたあと、2期務めあげ、2014年4月13日の前回市長選で初めて敗北し、下野しました。その後も毎年新年の1月3日頃、市内全戸に新聞折込みチラシを配布して、存在をアピールしていますが、来年4月中旬予定の次回市長選挙に向け、再度出馬すべく、市内各所で戸別訪問中であることは、これまでも当会のブログで報告しています。最近、さらに新バージョンのチラシを引っ提げて事前運動に余念のない岡田前市長の活動ぶりが当会に報告されました。次に示す新バージョンのチラシの内容から起死回生に執念を燃やす岡田義弘氏の心境に迫ってみましょう。
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 新バージョンのチラシの内容は次のとおりです。市長選挙までいよいよ余すところ半年を迎えたこの時期、新島襄の漢詩「寒梅」に、マッカーサの座右の銘の訳詩「青春」、そして十八番のエジソンら偉人の名言に加えて、渾身の自作の詩まで駆使した力作となっています。一方、相変わらず内容については、耳障りの良い言葉が並ぶものの、何度読み返しても意味不明となっているのが特徴として継承されています。

**********PDF ⇒ 20170927_okadayoshihiro_chirasi.pdf
<表紙>
討議資料
        究極の発展
    都市安中市を再び偉大にしよう
  21世紀・都市安中市の政策と目標(後編)
―子や孫の世代を見据えた新時代の政策推進―

     オアシス・あんなか
   復活への歩み、加速させる経験
      岡田義弘後援会
    安中市安中4272番地
   電話027−382−2061
     027−382−7798
   FAX027−382−2061
  http://facebook.com/okadayoshihiro969


<表紙裏>
いまだから岡田よしひろ・・・なのです

私たちは都市安中をどんな都市にして、
どんな将来を共に築いていきたいのかが問われているのです!

明日を変える安心の政策を創る「いま」しかないんです。

発展の未来は目の前の山を乗り越え汗と涙のその先に
融合と改革で磨かれた政策を使命感を持って推進することです
必ず、共に強い涙を流そう

岡田義弘おかだよしひろ
1939年10月5日生まれ ←(当会注:ん? 確か前回出馬のときは75歳だったから、来年4月は79歳、つまり1938年生まれの筈だったのに、なぜ1歳若返ったの?)
高崎高校通信教育中退 ←(当会注:岡田義弘氏が何年何月に中退したのか、記載がありません。高崎高校によると、通信制に中退はなく、卒業しない限り在学したとは認められないとのことです。そもそも通信教育中退とは公的な学歴は中卒です。さらに通信教育中退となると、長続きしない人材と判断されることもあります。)
安中市議会議員、市議会議長
群馬県市議会議長会会長
関東市議会議長会副会長
全国市議会議長会理事
群馬県議会議員
総務企画常任委員長
環境土木常任委員長
保健福祉常任委員長
総務会長
新市初代市長

<P1:安中市が問われるもの市行政の空洞化阻止を!>
はじめに ―碓氷の記憶―

 今日私たちが見ている碓氷の風景の中には、さまざまな歴史の記憶が書き込まれているのです。
 薄い皮を一枚ずつ剥ぐように、その記憶をよびさましていくと、私たちは、この素蜻らしき土
地に暮らす偶然性に感謝の折りを捧げたい気持ちになるだろうと思います。
妙義山を始めとする山々から降りてくる森と碓氷川の流れが、縄文時代の方々の暮らしをつくり出しました。
その縄文時代の碓氷の歴史は、自然という神々に包まれて暮らす豊かさとして、現在もなお私たちの記憶の中にあるのです。
 畑をつくり、牧をつくりながら村をつくっていった古代の暮らしの記憶です。
舟やイカダを用いて碓氷川で物資を輸送し、街道を整備しながら馬で荷を運びながら広い地域との交易を確立していった歴史の記憶は、先進的で明るく開放的な碓氷の気質として今日に残されました。
そして碓氷の方々は、ときに歴史の改革の過程で、大胆にその姿を現しました。
鎌倉時代の矛盾が高まったとき鎌倉幕府を倒したのも上州の人々が中心的であったのです,
明治時代に入ると碓氷の人々は、いちはやく近代技術や近代産業を導入し歴史を基礎から改革し始めたのです,
 文化や芸術においてもそれは同様であったのです。
江戸時代には日本の数学(和算)研究の中心地であり、明治以降も多くの文化人諸氏を上州・碓氷の地は慟み出し続けました。
 広く世界を見据えた開放的な気質と先進性を持ちつつ、自分たちの暮らす土地とそれを包む大いなる自然に感謝するのです。
このような碓氷の記憶を大事にしながら、私たちは21世紀を見据えていこうと思うのです。
 新しい100年、それは誇り高き碓氷の方々の21世紀の歴史を、後世の方々の記憶の中に残すためにあるのです。

<P2>したいことをするのではなく、すべきことをするのです!
http://www.facebook.com/okadayoshhiro969

第1章 100年後の安中へのまなざし
      −3世代の共同作業をめざして−

 21世紀が始まった2001年、それは新しい100年の始まりであり、新たな1000年の出発点でもあります。人間の歴史が約100万年続いてきたことに思いを寄せれば20旧年は100万年めの人類史の折り返し地点だといってもよいでしょう。
 振り返ってみると明治34年に始まった20世紀の歴史は、つねに目の前の課題を追い続けているうちに過ぎ去っていったかのようであります。
 欧米に追いつき追い越そうとする意識が20世紀への100年間の方向性を決定づけました。
そのような100年が終わり今私たちは新しい100年の想像力をつくらなければならなくなったのです。
 碓氷の大地に根ざした新しい100年の発想を碓氷に暮らすことを誇りに思う方々の100年のまなざしを2001年から始まった100年が新たな1000年の出発点になり新しい100万年のまなざしを2001年から始まった100年が新たな1000年の出発点になり新しい100万年の人類史の始まりになるような21世紀の誇り高き安中市の精神としてつくり出そうではないか…と思っています。

1.100年間を視野に収めた発想
 2001年から100年が経ち21世紀が終わろうとする頃、安中で暮らす方々は、どんな社会の中で日々を送っているのでしょうか。
 この問いに対して私たちは相異なる二つの視点を持つことができるのです。
経済や技術がどうなっているのか。このような視点に立つとき100年後の社会は想像もできない遠い未来に映るのです。
それは20世紀が始まった明治34年の方々(人々)が今日の経済や技術の姿を予想できなかったのと同様であろうと思います。
 ところが視点を変えて人間の一生へとまなざしを移せば、これから生まれてくる子どもや孫が暮らしている時代。それが83年後の2100年であるのです。 ←(当会注:タゴ51億円巨額横領事件の群馬銀行への毎年2000万円ずつの和解金の最終支払(この時だけ1000万円)は2103年です)

2.身近な未来として80年後の安中を考える
 80年後の未来を見据えるまなざし。それは私たちの子どもや孫の世代が暮らしている安中へのまなざしであるのです。
 とすれば子や孫たちが誇りを持って暮らしていける80年後の安中を私たちは思い描くことだと思っています。
 100年前の方々(人々)が優れた考え方を持っていたおかげで今私たちは誇り高い安中の人間でいられるのです。
 そんなふつうに子や孫の世代が語り継いでくれるのです。
 そんな〈私たち〉になろうではないか…と思っています。←(当会注:21世紀の終わりになるまでタゴ51億円巨額横領事件の尻拭いを押し付けかねないことについても、しっかりと子や孫に語り継ぐべきなのではないのでしょうか)

3.21世紀の終わりに必要なものをしっかり残す
 当面の課題を追い続けた20世紀の社会の中で先輩各位は、「私たちは未来の長い歴史に対してどのように貢献していったらよいのか」という問いかけと真剣に向きあう姿勢を弱めたと聞くことがあります。 ←(当会注:21世紀の終わりになるまでタゴ51億円巨額横領事件の尻拭いをしっかり残すのだけは、止めてもらいたいですね)

<P3:「じっくり吟味し判断を」市行政は都市安中の羅針盤!>
 そのことがそれぞれの利益を考えるばかりで未来にとって本当に必要なものや本当に重要なことを忘れる現在の風潮を生み出した…との声もあります。
 その反省に立って私たちは21世紀の安中の考え方をつくり出そうと思います。
 子や孫の世代が暮らす80年後の安中に何を残しておくことが現在の人の歴史への貢献なのか私たちは、つねにこのようなまなざしを持って未来を語ろうと考えているのです。
 どんなに社会が変わっても人間が誇りを持って生きていくために必要なものとは何か。
それを指し示すことが安中の21世紀のよりよい未来を創るためには必要であるのです。

4.3代をかけて誇り高き100年をつくり出す風土を創造する
 歴史はつねに新しい世代へとバトンタッチされながらつくられていくのです。
とすれば責任のあるバトンタッチをすることが私たちの歴史への貢献であるのです、
 未来にとって大事なものを残すために私たちの世代はここまで行動をしました。次は君たちの世代が頑張る番ですと。そう語りながら私もまた歴史をつくり出してきた誰もが感じられる風上をつくることです。

 都市安中の21世紀政策は、このような風土づくりを促すものとして、つくられなければならないだろうと考えます。世界の方々(人々)から尊敬されるような都市安中の100年の歴史をつくり出すことが都市安中の国際貢献でもあることを確信しながら私たちは未来のために考え行動していこうと誓います。

<P4:目先だけでなく将来像も含め判断が大切!>
第2章 何をつくり残すのか
      ―豊かさを創造する風土をつくるために―

 安中の記憶に支えられながら豊かに暮らすとは、どんなことを意味しているのだろうか。
それは、「物語」を生み続ける風土をつくり出すことではないだろうかと思います。
 街や地域に新しい歴史の物語が生まれ、それが後世の方々に語り継がれていくことです。
1人1人の歴史もまた物語がとなって子や孫に語り継がれます、
そしてまた新しい自然の物語が創造され続けるのです。
このような風土が生まれるとき私たちは豊かな一生を生きることができるだろう。
とすれば、どのような風上がつくられるとき、さまざまな物語が生、まれ語り継がれていくのだろうか。

1.自然とともに生きていることを感じられる風土都市安中市です。
 自然に支えられて人は生きているのです。
自然を守る活動に参加することを人々は誇りにしているのです。
そのような自然と、人間の結ばれ方が感じられる安中の風土を21世紀の歴史の中でつくり残そう。

2.人の暮らしにとって必要なものが見える風土
 人(市民皆様)が暮らしていく上では、いろいろなものが必要になります。
自然、水、大地、空気。作物(食料)を生産してくれる農家の方々。木を育てる山村の方々。
生活にとても大事なものをつくってくれる技術者や働く数多くの方々。いろいろなものを必要なところに運んでくれる方々。人々が必要なものを揃えてくれる商業に携わる方々。病気やけがを治す方々。予どもたちを育てる方々。地域づくりに取り組む方々……。
 社会はいろいろな方々の協働と協力によって成り立っているのです。
ところが20世紀の社会は、この協力関係を単なる経済関係に変えてしまったのです。
全てのものをお金を出せば買えるものにしてしまった結果、自分の力だけで生きている錯覚を生み出したばかりではなく、自然や他の方々の働きを尊重する雰囲気が弱まり、それは人間の労働から他者に貢献する喜びをも失わさせてしまったのです。
人が暮らしていく上では、何が必要なのか。それは誰がつくってくれているのか。
この関係か感じられ見える社会を21世紀の安中市はつくり出そう。
これは誰もが自分の役割を感じられる安中をつくることでもあるのです。

3.豊かな時間の中で暮らしていると感じられる風土
 安中に行くと豊かな時開か流れている。そう人々から語られるような安中をつくり出すにはどうしたらよいのか。
 その出発点は自然やその地域、そしてさまざまな立場を異にする方々が必要としている時間の動きをお互いに守り合えるような安中の風土をつくり出すことです。
 雄大な時間の中で生きている自然の時間を保証する。街の暮らしにとって必要なゆったりした時間の動きを保証する。都市には都市にふさわしい時間の動きも、高齢者が余裕を感じる時間の動きもあるでしょう。

<P5:希望を抱いて喜びに変えていく一人一人が勇気の一歩を踏み出す時は今!>
 もちろん障害者の時間もあります。農業にとって必要な時開も、林業にとって必要な時間もあるだろう。
20世紀の社会は、すべての方々を一つの時間の動きの中に巻き込もうとしてきたのです。
人間たちは忙しく時間に追い立てられて豊かな時間の流れを感じとれなくなっていったのです。
 安中には豊かな時間が流れている私たちには、そう語られるような安中をつくり出したいと思います。自然も地域もさまざまな分野の方々も、それぞれに適した時間の動きが必要なことを尊重し合える風土をつくることです。
それは誰もが豊かな一生を手にする安中をつくることでもあるのです。

4.共に生きていることに豊かさを感じられる風土
 一人一人の人間や自然を尊重する社会をつくることです。
それは一人一人の人間や自然を尊重できるような関係性、共同性をつくることであります。
 20世紀の社会はバラバラな孤独な個人を数多くつくってしまったのです。
そのことが誰からも自分の価値を認めてもらえない人をも生み出し、その結果として自分の利益や欲望だけを追求しながらつねに満たされない人や、いらだちばかりがつのる人間さえ排出していったのです。
 豊かな共同性こそが豊かな個人をつくることを20世紀の社会は忘れようとしていたのです。
安中の土地に根ざした豊かな共同性とは何か。家族の共同性、テーマごとに結びつく方々の共同性、地域の共同性、そして自然との共同性、テーマごとに結びつく方々の共同性、地域の共同性、そして自然との共同性。そのようなさまざまな共同性の中で私たちは豊かに生きていると感じられる風土を21世紀の安中につくり残す責務を共有することです。

5.豊かな働き方とは何かを常に問い直す風土
 21世紀の産業政策は経済の拡大だけを考えるものであってはならないです。私たちは、経済の発汲セけを考えた結果、経済的利益のためには、ときに家庭も、環境や理想も、地域社会をも犠牲にしてしまった20世紀の経済への反省から出発しようと思います。
 豊かさを感じられる社会をつくるにはどんな経済が必要なのか。自然を損なわない経済をつくるにはどうしたらよいのか。どのような働き方をすることが人間的な斡らしや家族、地域社会を大事にする暮らしをつくる上で必要なのか。歴史にどのような貢献をするために働くのか。
 21世紀の産業政策は、つねにこのようなことを考えながら未来の経済のあり方を探していく精神と結びついて打ち出されなければならないだろう。
さまざまな豊かさが感じられる社会をつくるために経済はあるのだということを、世界に向けて発信していけるような社会をつくることです。
 それが21世紀の都市安中の産業政策の視点であるのです。

6.豊かな〈学びの場〉が広がる風土
 何かを学びたくなったら安中に行くとよい。私たちはそう言われるような安中を21世紀につくり出したいと考えています。
安中には、さまざまな文化があり、さまざまな学問があります。
年齢や性別や国籍に関係なく、もちろん障害をもっていることも関係なく誰でもいつでも学べる環境が安中には展開しています。

<P6:もっと政策を透明化しよう 都市安中の未来がかかっている!>
自然から学ぶことも、地域から学ぶことも、高齢者から学ぶことも、子どもが育っていく過程から学ぶこともできます。
もちろん芸術や深い学問を学ぶことも、遊びやスポーツを通して学ぶこともできます。
このような〈学びの場〉安中をつくり出すことをめざして21世紀の政策は考え出される必要があるだろうと考えています。

7.豊かな国際貢献ができる風土
 世界や日本のさまざまな地域に貢献できる安中をつくることです。
その出発点は世界の方々から尊敬される安中をつくることです。
もちろん私たちは、世界の人々が人間的に暮らし平和を享受できるようにするために何をしなければならないのかを考え、行動する人間でなければならないだろう。
しかし、それだけが国際貢献ではないです。
人間の暮らす社会の理想は安中にあると言ってもらえるような安中をつくり、21世紀の社会のあり方のモデルになるような都市安中をつくり21世紀の社会のあり方のモデルになるような安中を創造することです。
そのことが世界の方々の未来への貢献であると考えながら私たちは21世紀の歴史をつくり出していこうと思っています。

8.自分たちの共同体(自治)が見える風土
 安中は市民の〈自治共和国〉であると誇りをもって語れる社会をつくり残そう。
孤立した人たちが孤独に暮らす社会ではなく、自然に支えられ多くの方々(人)に支えられながら自分もまた自然や他の方々を支えていく社会をつくることです。
そして市行政に依存するのではなく情報を市民と市行政が共有し行政と地域の方々が協力し合いながら自分たちのことは自分たちで考え実行していく気概にあふれた都市安中をつくり出すことです。
 そして安中の自治の基礎には、それぞれの地域を自分たちの共同体にしていく深い地域自治がある。理想の自治のモデルは安中にあると世界の方々が学びに来るような安中を21世紀に創造することを私たちは目指そう。

<P7:希望を抱いて喜びに変えていく一人一人が勇気の一歩を踏み出す時は今!>
第3章 豊かな安中を作り出すために考え続けるテーマ
    ―3世代をかけて歩み続けよう―

 前章までで述べた21世紀の安中の精神を実現するにはどうしらたよいのか。
これまで市行政がつくり出してきた「将来計画」は道路や建物の建設といったハード面の充実と社会を動かすソフト面の育成・蓄積といった観点から書きました。
もちろんそれらのさらなる充実と併せて21世紀という残す80年の未来を考える上では、それだけでは不十分なのではないだろうか。
それらをつくる前にきそになるような21世紀の都市安中の精神と、それを実現するための象徴的なテーマが必要なのではないだろうかと考えます。
この象徴的なテーマを「考え続けるテーマ」として提案します。
それは親から子へ、子から孫へと3代かけて考え続けるテーマであり、もちろん、考えるだけではなく可能なことから実現していくテーマです。
そして、それを実現しようとして考え続けるとき21世紀の都市安中の精神が達成されていくようなテーマです。
そのテーマを市民と市行政が共有しながら21世紀の製作や行動に反映させていくことです。
もちろんそれらが21世紀中に完全に実現できるかどうかは為政者の考え方です。
大事なことは理想をめざしたテーマを掲げて、それを実現するにはどうしたらよいのかを誰もが考え続け可能なことから実現していくような風土をつくることです。
それが21世紀の都市安中の何よりも確かな未来像だということです。

1.21世紀中に食料やクリーンエネルギーの地域自給を高め都市安中を環境にやさしい循環型社会にするにはどうすればよいかを考え可能なことから実現していくことです。
2.21世紀中に碓氷川水系の自然な流れを都市安中に回復するにはどうすればよいかを考え可能なことから実現していくことです。
3.幾世代にもわたって私たちの社会を支えてきた農業を守り林業を守る安中をつくるにはどうすればよいかを考え可能なことから実現していくことです。
4.個性豊かな地域をつくり様々な方々や生命が尊重された支え合う社会・都市安中をつくるにはどうすればよいかを考え可能なことから実現していくことです。
5.小さな自治の多彩な展開を基礎にしたさまざまな共同性の広がる自治社会・都市社会をつくるにはどうすればよいかを考え可能なことから実現していくことです。
(1) 豊かさは物語が生まれてくる市民生活の中にあります。
(2) 自然と人とのかかわり
(3) どのような働き方をすることが大切なのか
(4) 人間的な暮らしとは何だろう
(5) 様々な時間を感じられる時代へ
(6) 自然や人間がつくる小さな世界とのつながりと広がり
(7) 未来は予測ではなく考え行動する人々の中にある
(8) 小さな自治が結び合っていく社会

 (1)から(8)が考え行動するための方針です。

<P8:目先だけではなく将来像も含め判断が大切!>
庭上一寒梅(テイ ジョウノ イチ カン バイ)
笑風雪侵開(エミ フウ セツヲ オカシテ ヒラク)
不争又不力(アラソハ ズ マタ リキマ ズ)
自百花魁占(オノズカラ ヒャク カノ サキガケヲ シム)
     新島 襄 作   小学生のみなさん暗記できるように仮名をつけました。

庭にある一本の梅の木が
風雪にめげず
花を咲かせている
争うことも
無理をすることもなく
それでいておのずからあらゆる花のさきがけとなっている

 私は尊敬する郷土の偉人新島襄先生作のこの詩が大好きで、座右の銘としております。そして、私自身も愛するふるさと安中市のために、全市民の為に先駆けとなって、全身全霊を捧げて尽くしてまいりたいと思っています。

 どんな辺鄙な所に住んでいても安中市と名がつくかぎり、行政が隈なく、等しく行き届いて、明るく・豊かなまちづくり二十一世紀を彩る安中市創造に先見性・先駆性・先進性をもって頑張ります。

                         岡田 よしひろ

<P9:政策と市民が一体になる行政感覚で政策力を生かす時は「いま」!>

わたしの願い!

山と緑、雨水の清流に
 恵まれた「あんなか」…。
  出会いと信頼の「ふるさと」安中…。
そんな中で環境と温泉が調和し、
 農・商・工の生活が守られ
誰もが安心して生活を
 たのしめる、社会福祉の充実した
明るく住みよい
 ふるさと「安中市」を作りたい。

教育施設が充実し、
 文化の遺産と創造をよろこび
次世代を背負う子どもたちが
 広々とした、緑の土壌の中で
  力いっぱい育つ環境
スポーツの場を通じて
 若い人たちの力が鼓動する…。
心豊かな ふるさと
 「安中市」をつくりたい!

一人一人の生活と心を大切に
 政治の力が縁の下まで
  遠慮なく近づいてくれる社会
みんなが「やあ、やあ」と肩をたたき
 手を結び合いながら夢を語り
 政治に参加できる…。
手をつなぐ ふるさと
 「安中市」をつくりたい!

お年寄りの方々が温かい家庭の
 団らんにひたり、のどから安らぎに
  よろこんでくれる、平和な生活
隣人愛、友愛が大きな輪をひろげ
 つきぬ幸福に胸はずむ…
美しい愛の ふるさと
 「安中市」をつくりたい!

           岡田 よしひろ

<P10:「都市安中躍進の旗よ、ひるがえれ」雨ニモマケズ風ニモマケズ>
     この都市安中を想いこの都市安中を創る!!

一、今こそ市のあらゆる機関が其々のセクション(組織の部門)において過去を洗い直し、現状を掘り下げ、直視し、明るい未来を指向する正しい見通しがすべての計画の基にならなければならない、其の為に広い範囲での会議検討を盛んにして市政は公平公正な議論によって決定されなければならない。

二、行政に携わるすべての人たちが上も下も心を一にして常に死を正しく収めるための最善の努力をしなければならない。

三、行政に携わる人も、市民代表の議会も、一般市民に至るまで其々の立場をよく認識しその志す目的に向かって最善を尽くすは勿論、特に行政指導の立場の人は一般の人たちが政治から離れたり飽きたりしないよう怠りなき努力が肝要である。

四、物の購入其の他最小経費で最大効率を計るという原点に立って、悪いならわしと承知しりながら昔からやって来たことだからとか、前年度踏襲、近隣、同規模都市とかの比較でやって来た事を取り止め本当に市の発展の為に必要であると誰もが認め納得出来る方法、手段で決定されなければならない。

五、知識を広い範囲、特に外側(一般企業意識)より導入を計り絶え間なく流動変化する社会に対応しながら市基をより盤石にし、安中市の発展を期さなければならない。

                          岡田よしひろの決意です。

<P11:「もっと政策を透明化しよう 都市安中の未来がかかっている!>
「究極の発展をめざす」と位置付けて広く深く見渡す、それは岩場で針を捜すような情報吸収力を高めることに尽きます。

1、「人」が想像できることは、必ず人が実現できるフランスのジニール・ヴェルヌ氏の言葉です。 ←(当会注:「ジュール・ベルヌ」が正しいようです)

2、成功へのもっとも確実な方法は、常にもう一度、挑戦することである…エジソンの言葉です。
また、99パーセントの努力1パーセントのヒラメキ(閃)と自らに諭しています。
変化し続ける社会を冷静に行動する姿勢を貫いた先には安心と発展があります。

3、エムエル・ウルマンの「青春」という詩です。 ←(当会注:サミュエル・ウルマンが正しいようです)
 「年を重ねただけでは人は老いない」理想と失うとき初めて老いる(作山宗久氏訳)とは、エムエル・ウルマンの「青春」という詩の一節です。
この詩はマッカーサ元帥も好きで、元帥の執務室に飾られていたといいます。
 この詩を日本に広めたのは、当時の財界の方々です。
中でも、松下幸之助氏は、この詩を墨書として印刷し額に入れて人々に送りました。
 袖井孝子氏も、その一つを手に入れ、高齢になっても第一線で活躍し続ける秘訣を学びました…と笑みを浮かべています。
 ウルマンが語っている通り「頭(こうべ)を高く上げ希望の波をとらえる限り80歳であろうと人は青春にして已(や)む」のです。
常に「今ここから」新たな飛翔の都市安中に、市民無くして都市安中は無いのです。

<P12:裏表紙>
子どもたちが誇れる街を!!

 目を輝かせて街づくりに没頭する「岡田よしひろ」の街づくりへの熱い思いは無限です。
 ずっと思い描いて来た夢や情熱を、製作に込めて将来へ伝えていきます。
 理想の行政へ「道半ば」一年を変えればすべて変わる志を信条に奮起の毎日です。
善政通じて深まる信頼!
 目指すのは無駄のない、この新生安中市行政でなければ、いけないという行政に完結することです。
 死に物狂いで打ち込んで無駄になることは決してしないという信念で取り組みます。
 一歩進むと、そこに、また新しい道が開けてきます。
 率直で明快な「善政競争」を盛んにして、誇る、美の街・新生安中市をつくります。

        庶民代表 岡田よしひろ

【以下略】
******************

■どうやら最もアピールしたい箇所は11ページに記された「ウルマンが語っている通り『頭(こうべ)を高く上げ希望の波をとらえる限り80歳であろうと人は青春にして已(や)む』」という件のようです。

 確かに80歳であろうと、首長として活躍している自治体の例もあります。本項記事の末尾に参考情報を付けてあります。岡田義弘氏としては、こうした数少ない事例を励みに、自らの長い政治家人生を通じて培った職員の残党らが依然として跋扈する安中市役所に復帰したいという強い熱意が、79歳という年齢をはねのけてチャレンジしたいという強い気持ちを掻き立てているものと思われます。

 そのため、当会注でコメントした通り、表紙裏に記された岡田義弘氏の生年月日が1年遅れになっているのも、少しでも年齢面で懸念を持たれないようにしたいという願望によるものと思われます。

■来年4月の市長選で当選した場合、あの忌まわしいタゴ事件の尻拭いの群馬銀行への年2000万円の和解金の20年目の支払いが来年12月25日に控えています。既に事件発覚後22年半が経過したタゴ事件ですが、事件の真相を知る立場にあった岡田義弘氏にとっては、やはり自らが市長に君臨しない限り、枕を高くして寝られないのでしょうか。

 来年10月5日に御年80歳を迎えることになっても、依然として公職に並々ならぬ執念を燃やす岡田氏ですが、タゴ事件のことについて一言も触れていないのが気になります。あと80余年を残す21世紀の安中の将来を高らかに謳い上げる岡田氏には、タゴ51億円巨額横領事件に関する責任についても、しっかり語る義務があるのです。

【ひらく会情報部】

※参考方法:「高齢の首長の事例」
**********
◆高齢の政治家
 国会議員の最高齢記録は尾崎行雄衆院議員(1858〜1954年)の95歳。尾崎議員は当選25回、勤続63年も歴代1位。米議会ではストロム・サーモンド上院議員(1902〜2003年)の100歳。2005年、2009年の衆院選の最高齢候補者は自民・中山太郎元外相(当時81、85歳)だった。

**********スポーツ報知2012年12月8日(土)7時5分配信
94歳とは思えないほど元気な川島良吉氏
 埼玉12区に無所属新人で立候補した川島良吉氏は、御年94歳。今選挙の最高齢候補者となるおじいちゃんは「葬式代としてためていた年金を選挙資金に充てた」と覚悟を口にする。一方の最年少候補者は群馬4区の民主・青木和也氏。投票3日前の13日に25歳となる。
 94歳ながら、視力1・2を誇る両目は鋭い眼光を放つ。国の行く末を憂う川島氏は、立候補の理由を明快に語る。「オレの出番だと思ってしまったんですよ」。供託金300万円は葬式代にと、ためていた年金から捻出した。まさに不退転。覚悟の初出馬だ。
 政治家を志したことはなかったが、各党の主張を聞くうちに闘志がたぎった。
「右傾化する安倍(晋三・自民党総裁)や石原(慎太郎・日本維新の会代表)から『軍』なんていう言葉が普通に出る。橋下(徹・同党代表代行)もムチャクチャ。無条件降伏したのに。日本はどうなっちゃったんだ、という不安がありました」。耳は少し聞こえにくいが、話し出したら止まらないマシンガントークが武器だ。
 第1次世界大戦が終結した1918年に生を受け、第2次大戦勃発の39年に徴兵。中国での7年間の戦闘では多くの仲間を失った。「オレは戦争で死なず、散々いい思いをした。このままじゃ死んでいった仲間に申し訳ないと」。そんな思いが出馬へと背中を押した。先月30日に自宅に親族を集めて「出馬表明」。最初は反対した親族も熱意に負けた。「友だちに手伝ってもらおうと思ったけど、もうみんな死んでいなくなってた」
 カマド販売業、金融証券業などさまざまな仕事に従事した。今は埼玉県羽生市の自宅で一人暮らし。腰は真っすぐ。足取りは軽快だ。炊事、洗濯、掃除から車の運転まで自分でこなす。総務省選挙部管理課によると、94歳は今選挙の立候補者1504人の最高齢となる。
 埼玉12区は民主・本多氏と自民・野中氏の対決に、自民を離党した元県議・森田氏が加わる激戦の構図だ。「正直勝てるとは思っていない。でも訴えたいんですわ」。公約は憲法9条順守、原発反対、天皇を「象徴」ではなく「元首」とすること。公示直前の出馬決定で活動は出遅れたが、ようやく7日、チラシとポスターの作製に着手した。今後は街頭演説も行う予定だ。「男ってのはね、やるときゃやんないといかんのよ」―。
◆埼玉12区(熊谷市、行田市、加須市、羽生市、鴻巣市)立候補者
 野中  厚(36)自民新
 森田 俊和(38)無 新
 大野 辰男(59)共産新
 本多 平直(48)民主前
 永沼 宏之(44)みん新
 川島 良吉(94)無 新

**********東京新聞2015年4月27日
北区長選 80歳・花川さん4選
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4選を果たし、支援者から花束を受け取った花川与惣太さん=北区で
 北区長選は、現職の花川与惣太さん(80)=民主、社民推薦=が新人二人を破り、四選を決めた。告示後に八十回目の誕生日を迎え、特別区長で最高齢になる花川さんは「元気だから頑張る。年齢は考えたことがない」と述べ、今後の区政運営に自信をのぞかせた。
 花川さんは午後七時すぎに王子本町の区役所近くにある事務所に到着。当選確実の知らせを受け、支援者とともに万歳を繰り返し、喜びをかみしめた。
 選挙戦を振り返って、花川さんは取材に「十回以上選挙をやってきたが、今回ほど反応が良かった選挙は珍しい。選挙期間中に声がかれることがなかったのも初めてで、自信にもなった」と笑顔で答えた。
 高齢多選への懸念がくすぶる中、自民、公明両党は区議会レベルで支援。民主や社民、連合東京のほか、町会や業界団体など幅広く後押しを受けた。
 選挙戦では、区議選候補者とも連携して集会に駆け付け、支持を訴えた。区議、都議時代から培った知名度の高さと、区長としての三期十二年の実績をアピール。王子、十条などの駅周辺まちづくりや子育て支援などの具体的な政策も打ち出し、着実に票を固めた。

**********Wikipedia
井川成正 (いがわ しげまさ)
生年月日 1930年3月21日(87歳)
出生地  山口県下松市
出身校  下松市立久保尋常高等小学校
前職   下松市議会議長
現職   清和工業渇長、学校法人妹背学園理事長
称号   旭日中綬章
<下松市長>
当選回数  4回
在任期間  2000年4月25日 - 2016年4月24日
井川 成正(1930年3月21日 - )は、日本の政治家。山口県下松市長を4期16年務めた。山口県下松市出身。久保尋常高等小学校(現下松市立久保小学校)卒業。
<経歴>
日立製作所笠戸工場に就職し、後に同社関連会社の清和工業株式会社を設立して代表取締役社長(市長当選後は取締役会長)に就任。
学校法人妹背学園理事長として市内の幼稚園3園を経営している。
退任時点で86歳であり、現役の市長としては全国で最高齢であった。山口県市長会会長を歴任した。
2016年11月、旭日中綬章を受章。
<選挙>
1974年山口県下松市議会議員選挙に立候補し、トップで初当選。以後7期連続上位で当選し、市議会議長、議会運営委員長、合併問題調査特別委員長などを務めた。
2000年山口県下松市長選挙に立候補し、現職河村憐次を破って初当選。
2004年山口県下松市長選挙に立候補し、新人池高聖を破って2期目の当選。
2008年山口県下松市長選挙に立候補し、無投票で3期目の当選。
2012年山口県下松市長選挙に立候補し、無投票で4期目の当選。
2016年山口県下松市長選挙には立候補せず、今期限りで引退。

**********毎日新聞2016年12月1日 地方版
酒井・能美市長 退任を表明 83歳、全国最高齢 /石川
 能美市の酒井悌次郎市長(83)は30日の市議会定例会で、任期満了に伴う次期市長選(来年1月29日告示、2月5日投開票)に立候補しないことを表明した。高齢などを理由に今期限りでの退任を決断した。
 全国市長会によると、酒井市長は現在、全国最高齢の市長。1994年に旧寺井町長に初当選し、3期務めた。2005年に合併で誕生した能美市の初代市長に就き、現在3期目。任期は来年2月26日まで。
 市長選をめぐっては地元選出の井出敏朗(としあき)県議(54)=自民、2期=が出馬に前向きな考えを示している。30日、毎日新聞の取材に「後援会や支援者の意思を確認して判断したい」と述べた。【中津川甫】
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