タゴ事件の真相を大胆に占った「怪文書」の衝撃と関係者のその後(その1)  安中市土地開発公社事件クロニクル

■あと、ほぼ2ヵ月後に、安中市土地開発公社の元職員多胡邦夫服役囚が、14年(未決勾留200日含む)の実刑満期となり、正式に出所します。しかし、多胡邦夫の残した負の遺産は、かつて多胡邦夫と一緒に公社の経営に携わった岡田市長により、あと少なくとも10年間継続されることになっています。一方、多胡邦夫に対する賠償請求のほうは、消滅時効を過ぎているのではないかという懸念があります。もし、時効が到来している場合には、これほど多胡邦夫への出所祝いにふさわしいプレゼントは他にないでしょう。

 さて、いまから14年前の平成7年5月17日から18日にかけて、安中市土地開発公社で発覚したタゴ51億円巨額横領事件ですが、同年6月3日(土)の上毛新聞に始めて事件について報道されて、市民は初めて事件の発生を知ることになりました。その後、同年6月13日に、事件について安中市の対応に不信感を抱いた市民らにより結成された当会の前身の「市政をただす安中市民の会」には、安中市民からいろいろな情報が寄せられました。当会では、それらの情報を整理して捜査に従事していた群馬県警に逐一連絡しておりました。警察からも当会に対して、情報提供の要請があったからです。

■当時は、事件発覚直後だったので、いろいろな情報が飛び交っておりました。当時の記録によれば、主なものでも次のような情報が、各地の説明会や事務局へ直接告発という形でもたらされました。
・容疑者の元職員が当時の県議宅に事件発覚後、逮捕される前までに、3回ほど密かに相談に訪れている。
・事件の背後に、大物政治家の陰があり、この事件を握りつぶそうと画策している。
・“後閑城”と呼ばれた後閑城址公園の近くに、蒋介石の碑があるが、土地名義はO氏になっており、O氏が建てたといわれているが、実際は市から支出している。
・また、この後閑公園の造成に当たっては、6億円のうち4億円が植木代に使われていて、しかも年間の植栽の手入れ費が1600万円もする。
・小川市長は、この事件で東京の弁護士に1億円で依頼し、着手金1000万円を公社のカネで支払った。
・事件発覚により、真相解明のための調査委員会が議会に設置されたが、何もしていないのに、日当2500円がきちんと支払われている。
・小川市長の後援組織として“勝友会”というのが存在しており、市内の商店などから会費を徴収して、1、2億円を集めた。選挙の際に、小川市長の対抗馬を中傷する怪文書の印刷費などに使われていた。
・当時、タゴと親しかった市議が経営する学習塾は、平成3年に1億3500万円で信組の抵当に入っていたが、誰かが債務保証を与えている可能性がある。
・元職員の親族が経営する運送会社も、上記の学習塾も同じ人物が役員に名前を連ねている。

■こうして地方公務員による史上最大の横領事件に揺れていた最中に、いまでも「怪文書事件」として市民の間に語り継がれる一大事が発生したのです。最初に報道したのは上毛新聞でした。平成7年8月1日付けの社会面の下のほうに、小さな囲み記事で報じたのが、次の記事です。

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あと2ヶ月後に迫った娘婿の出所に備えて家の修繕に余念のない多胡ファミリー。

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巨額詐欺に揺れる安中 怪文書出回る
 安中市土地開発公社担当の元市職員による巨額詐欺事件に揺れる安中市で(平成7年7月)三十一日朝、市幹部、複数の市議などと多胡邦夫被告との間に関係があったかのような記述をした怪文書が出回った。名前を出された議員らからは「全く事実無根」と名誉棄損で告訴する動きも出ている。
 怪文書は「安中をおおう黒い霧ゆるさん」と題され、ゴミ収集所などに掲示されていた。「マル秘」の文字が記され、多胡被告を中央に四角で囲み、複数の人物や企業などと線で結んで“相関図”を作っている。土地取引や金銭にまつわり多胡被告と関係があったかのように図示されているほか、今回の事件とは無関係の“疑惑”も書き添えてある。
 名前を出されたある議員は「全くの事実無根。作成者ならびに配付した者の厳重処分を求めたい」ときょうにも名誉棄損で告訴状を安中署に提出する構え。また、市幹部のひとりも「憤りは通り越してしまうような出来事だが、法的手段も辞さない」と話している。
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■続いて、翌日の平成7年8月2日には、上毛新聞、讀賣新聞、毎日新聞が、怪文書について報じました。こうした「怪文書」で、週刊誌ならともかく、新聞が報道するのはきわめて異例です。タゴ事件の異様性・異常性が理由だと、安中市民は思いました。

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岡田県議 名誉棄損で告訴 安中市巨額詐欺事件 市内に中傷ビラ

 安中市土地開発公社の元主査をめぐる巨額詐欺事件に関し、県議、市議、市幹部などを名指しで誹謗(ひぼう)する内容のチラシが市内に出回り、岡田義弘県議は(平成7年8月)一日、「チラシの内容は事実無根」として、チラシ作成者と配布者を不詳のまま、名誉棄損容疑で安中署に告訴した。また、伊藤成市議ら市議三人も連名で同様の告訴状をきょう二日に提出する。
 岡田県議によると、チラシは市内のゴミ集積所などに針金で十数枚ずつつるしてあった。岡田県議が把握しているだけで、設置場所は七ヵ所、枚数は約百五十枚にのぼるという。
 チラシは「安中をおおう黒い霧ゆるさん」と題され、元主査を中心に人物や企業を矢印で結んで関係を示したチャート図が書かれていたとされており、「二億円の選挙戦」と題して「国会議員でも建てられない事務所」「飲食、現金で買収」などと、先の県議選に関して数々の疑惑があると書かれている。
 また、きょう告訴する伊藤市議、早川正雄市議、沢市議の三人について、チラシでは、元主査が自治大学に入校した際、連日連夜、三人相手に銀座で大盤振る舞いしたなどとされているほか、暴力団との関係などを指摘されている。
 チラシの内容から、作成者は県議選に精通しているとみられることや、名前の出ている市議がいずれも県議選で岡田県議を応援していることなどから、岡田県議は「県議選のしこりから、このようなチラシを作ったのではないか」と分析している。
(1995年8月2日付け産経新聞)
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中傷ビラ掲示に安中の県議が告訴

 安中市選挙区選出の岡田義弘県議(56)は(平成7年8月)一日「事実無根の中傷ビラを掲示された」として、相手不詳のまま安中署に名誉棄損罪で告訴した。
 岡田議員によると八月三十一日午前七時半ごろ、安中市野殿の自宅近くの民家の土蔵に「安中をおおう黒い霧ゆるさん」のタイトルのビラ(A4サイズ、ワープロ作成)が十数枚掲げられているのを見つけた。ビラは他地区でも見つかり、約百五十枚が手元に届けられたという。
 ビラは同市土地開発公社元職員の三十七億円にのぼる詐欺事件と絡ませ「二億円の選挙戦、前市議の給料でなぜ」などと関係者、会社、団体、事業を図で示し、「岡田県議」と明記してあった。
 またビラに名前が記載されている市議三人も同日、名誉棄損棄罪で二日に同署に告訴することを表明した。
 岡田県議は「四月の県議選のしこりだと思うが、いずれも事実無根」としている。
(1995年8月2日付け毎日新聞)
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安中巨額詐欺で怪文書 県議が名誉棄損で告訴

 安中市土地開発公社担当の元市職員による巨額詐欺事件で、多胡邦夫被告と複数の議員らとの間で金銭取引などの関係があったとする怪文書が出回った問題で、名前を出された複数の議員らは(平成7年8月)一日、記者会見を行い、関係をきっぱりと否定。岡田義弘県議は同日、安中署に被疑者不詳のまま、作成者と配付者を名誉棄損で告訴した。また、早川正雄、伊藤成、沢博の三市議もきょうにも名誉棄損で告訴する方針を明らかにした。
 安中市役所の議員控え室で会見に臨んだ岡田県議は「全くの事実無根」と強く否定。「(怪文書の)組み立てからして狙いは岡田に絞っているのではと感じている。これだけのものを出すなら正々堂々と対話をすべき」と話した。
 早川、伊藤、沢の三市議は合同で会見。ともに保守系会派の市民クラブ所属であることから「推定だが市民クラブ攻撃ではないか。(十一月の)市議選の選挙妨害との認識も持っている]とした。
(1995年8月2日付け上毛新聞)
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平成7年7月31日の朝、安中市内各所にばら撒かれた「怪文書」は、当時、事件関係者のみならず、市民に大きな衝撃を与えた。

■このチラシにある情報の確度の評価について、安中市民の間では、「よく書かれている」「80点くらいあげたい」などという声があがっていました。また、チラシに名前を出された政治家の方々の中で、一部の方々は、警察に告訴しましたが、その後、告訴状に基づいて、警察がチラシの作成者や配布者を特定して処罰したというニュースも聞いていません。従って、このチラシに書いてある内容は、決して荒唐無稽なものではなかったことは、このいきさつから見ても窺い知ることができます。

 では、チラシの内容を見てみましょう。複雑な相関図となっていますが、登場人物ごとに記載されたコメントと併せて、列挙してみました。この14年間で判明した事実と対比させながら、怪文書の内容を分析した結果も示してあります。

【多胡邦夫】
 太枠で囲まれており、枠内に「37億」と記載されています。また、太い矢印で、「多胡運輸」「高橋弘安」と相互に結ばれ、細い矢印で「後閑興業」「市長」と相互に結ばれています。そのほか、多胡邦夫を起点として、「政治圧力 中曽根派」「岡田県議」に矢印が延びており、コメントとして「情報のお礼?(政治献金?)?/37億」とあります。矢印ではありませんが「やくざ」とも、線でつながっています。
 7月31日に、怪文書が“発行”された時点で、横領額を37億円としているのは、当時の新聞報道で、不正金額が約37億円と報道されていたことを参考にしたようです。また、「多胡邦夫」から細い矢印で「S洋服店」「S工務店」「M設備」とあり、それぞれに「?/37億」と記されていて、37億円のカネの流れを示唆しています。イニシャルで書かれていますが、それぞれ呉服店スケルトン、篠原工務店、関東マルイのことと思われます。いずれも多胡邦夫の超高級背広や、自宅の内装、キッチン設備をおさめた業者で、横領金の使途として捜査結果で確認できます。
 また、「公共事業 後閑城址公園 南地区区画整理事業、西毛広域幹線道等etc」と線で結ばれ、「不動産の秘密漏洩」「様々な情報を流す」とあり、土地開発公社職員として、土地ころがしに関与していたことをうかがわせています。
 「大手建築企業」とも線で結ばれていますが、これにコメントとして「公社の関わる分譲地の買い上げ顧客リストを企業に売りそのお礼としてマージンをもらう」とあり、便宜を図ったことを示唆しているようです。さらに、分譲地の造成に先立ち、肥沃な表土を造園業者らに売り飛ばし、そのあとに、サンパイを埋め込んでから造成し、売り出していたらしい、との情報もありました。
 多胡邦夫が「有能な」と評され、市長らに重用されるようになった理由は、公共事業で地上げが必要な場合、買収予算と実際の地主への買収価格の逆ザヤを裏金で補填したため、交渉のまとめが上手だったということのようです。つまり、横領金の一部を公社の土地買収に充当し、カネで交渉を纏め上げ、それを有能だとして市当局にアピールして評価を受けていた、というものです。

【多胡運輸】
 太枠で囲まれており、枠から引出線で「ここ数年の急成長を遂げた裏には????」とあり、枠の右上に「?/37億」と、横領金の一部が流れているかのように示されています。
 当会の調査では、多胡運輸の経営者は、元職員の実弟で、事件発覚当時は、間仁田にある本多病院「うららく」の建設予定地のすぐ隣りで、小型トラック数台を保有して営業していました。
 事件発覚前後から急拡大を遂げて、昨年8月3日に首都高で同社保有のタンクローリーが横転炎上事故を起こし、首都高から総額45億円余りの損害賠償請求をほのめかされていますが、未だに平然と営業していることは、当会のブログで報告している通りです。

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うららくの隣のかつての多胡運輸の営業所があったところ。今はうららくの関連施設となっている。

【市長】
 この市長とは、先年亡くなった小川勝寿元安中市長のことを指しており、やはり太枠で囲まれています。枠内に「とりまきの繰り人形」と記載があります。
 「多胡邦夫」とは細い矢印で相互に結ばれていますが、「高橋弘安」とは太い矢印で相互に結ばれています。多胡邦夫は小川市長の事を「おやじ」と呼び、高橋弘安は多胡邦夫の事を「おれの舎弟」と呼んでいました。
 市長と線で結ばれているのは、「栄伸製作所」「林屋商店」「北関コンクリート」「小川製麦」「西群運送」です。これらに加えて、太枠の「後閑興業」を加えた6社は、当時、市民の間で「6奉行」と呼ばれていました。このうち「栄伸」「林屋」「北関」が「市長とりまき」として示されています。さらに、この3社と「公共事業 後閑城址公園 南地区区画整理事業 西毛広域幹線道等etc」とが線で結ばれており、「先行取得 多胡からの情報で手早く土地を買う」というコメントが脇にあります。
 実際に、小川市長は思わぬところにも土地を保有していました。それが、多胡邦夫からの情報提供によるものかどうかは分かりませんが、秋間の山林を、西毛スポーツセンター構想とやらで、多胡に勝手に買わせた経緯なども発覚しております。結局、市長と多胡の両者が不動産売買で情報交換していたと見るのが自然かもしれません。
 また、「東京の弁護士」と線でつながっており、引出線で「不動産専門弁護士 行政関係には疎い」とあります。これは小川市長が事件発覚直後に、東京の虎ノ門で営業していた田邊・菰田弁護士のことを意味していると見られます。西毛スポーツセンター構想で、当時小川市長は東京の高田馬場にあった地上げ屋と関係がありましたが、こうした地上げ屋と取引があったとすれば何らかのトラブル処理で弁護士を起用していた可能性もあり、その関係で、わざわざ東京の弁護士を呼び寄せたことも十分ありえます。
 なお、怪文書では、東京の弁護士2名について「行政関係には疎い」と評されていますが、公社と裁判をした群馬銀行の高橋勇顧問弁護士によると、「若いのになかなかしっかりしている」と褒めていました。
 小川市長の後援組織として「勝友会(しょうゆうかい)」というのがあり、これは半田市議の提案で市内の商店から会費を徴収して、政治資金に流用するのが目的でしたが、タゴ事件の発覚で解散しました。
 このほか、市内にある企業の経営者や責任者を集めて、行政についての勉強会と称して、「五日会(いつかかい)」という集まりが毎月5日に開かれていました(土日に重なるときは翌週の月曜日に開催)。メンバーは12〜20名と言われ、最初は、市役所内で、昼食をかねて開催していましたが、その後、文化センター前のレストラン「四季」で開催していました。事件発覚後の平成7年6月5日以降中止になりました。メンバーに対しては、安中市から案内状を毎月送付していました。このメンバーには、群馬銀行安中支店長、農協幹部、信越化学磯部工場幹部、東邦亜鉛安中精錬所長、NTT安中支店長、安中郵便局長、校長会代表などが参加していました。事件発覚後中止になりましたが、その後、中島前市長や岡田現市長になって復活したかどうかは定かでありません。

【岡田県議】
 太枠で囲まれており現安中市長の岡田義弘氏を指しているようです。「多胡邦夫」から細い矢印が引かれています。また太枠の「多胡運輸」と太い線で結ばれており、太枠の「不動産業者」とも線で繋がっています。
 先日、岡田市長の後援会の幹部と同じ名前の名札が、多胡運輸の出光タンクローリーに付けられていたので、そのことを岡田市長に話したところ、言下に否定されましたが、その後の調査結果はまだ聞いていません。もし、後援会の幹部だとすると、怪文書の太線はかなり信憑性が増します。なお、岡田市長は多胡運輸の所在地や営業内容について、かなり詳しいことが分かりました。
 岡田市長の太枠の脇にも「?/37億」というコメントが記載されており、怪文書の作成者は、横領金の行方に関係している事をうかがわせています。だから、岡田市長は、この怪文書がばら撒かれた直後に、名誉毀損罪で被疑者不詳として警察に告訴せざるを得なかったようです。しかし、事件発覚直後から現在にいたるまで、公社理事監事時代の多胡邦夫との関係や、人事異動でなぜ多胡邦夫を長期配置したままにしておいたのか、などの重大事項について、岡田市長から市民に対して、未だに説明責任を果たした形跡がありません。
 太枠からの引出線には「市議会議員時代に強引なやり方で親族、知人を市役所、農協関係にいれる」とあり、地元でも、「岡田センセイのおかげで校長になれた」とか「交通事故をもみ消してもらった」という感謝の声が絶えません。
 さて、怪文書のなかで、一番スペースをとって書かれているのは「2億円の選挙戦!(前市議の給料でなぜ??)」というコラムです。「有権者全員に会報を郵送(一説には600万!)」「国会議員でも建てられない事務所」「違法埋め立て農地法違反」「羊羹、飲食、現金で買収」「7/28付後援会報 この事件に関して一切ふれない 現職の県議としては異例の事である」「県議の地位を利用し市内に数箇所の(秋間 岩井 大谷)産業廃棄物処分場を計画」「複数の産業廃棄物業者と手を結ぶ」とあり、大きめの字で「なぜ語ろうとしない37億円!」と疑問を投げかけています。
 公社事件は、平成5年5月に発覚しましたが、その直前に県議選があり、岡田市長はその際に、当時現職で自民党公認だった中島博範県議に競り勝って、市議から県議に鞍替えしました。その1年前には、碓東小学校の体育館を借り切って後援会主催の市政報告会を開催したり、平成7年1月と2月にかけて、安中市内全戸にダイレクトメールで2回も選挙チラシを郵送したり、しました。「公選法違反ではないか」という声があちこちから起きましたが、何もお咎めはありませんでした。
 「羊羹、飲食、現金で買収」については、岡田市長が、有権者の戸別訪問時に、古くなっても保存の利く羊羹をよく配っていたことを指摘しているようです。その後、クレームが付いたのかどうか、“カガク雑巾”を使うようになりました。また、選挙に一度も敗れたことのない不敗神話を持つ岡田市長は、飲食の饗応や現金買収など、選挙のたびに噂されますが、なぜか警察に捕まったことは一切ありません。
 「国会議員でも建てられない事務所」については、野殿に上るヒヤ坂の市道改良工事で大量に出たカドミウム汚染の山土を、工事を施工した大手組にタバコ銭程度(=タダ同然)で違法に埋め立てさせた農地法違反はつとに有名ですので、この記載内容には頷けるところがあります。農地法違反を可能にしたことを示唆するかのように、岡田県議からは「農業委員 消防団」に矢印が引かれています。
 反対に「日刊スポーツ 産業廃棄物業者」から岡田県議に矢印が引かれています。日刊スポーツのゴルフ場開発については、別記事で詳しく紹介しましたが、地元の住民団体が計画初期のころ岡田市議(当時)に、ゴルフ場中止を要請したときも、拒否されています。また、大量のコピーを、日刊の現地事務所にあるコピー機を使ってとっていたといい、両者の間には、深いつながりがあったことは確かです。サンパイ場の計画が、岡田市長のお膝元の岩野谷地区で目白押しなのは、言わずもがなです。

【市議 早川正雄】
 早川正雄元市議は、西毛地区では有名な適塾という学習塾の元経営者で、多胡邦夫は、その息子が適塾の塾生だったことから、平成7年5月末まで「適塾父母の会」の会長をしていました。
 太枠で囲まれた「市議 早川」は、「やくざ」と太い相互矢印で結ばれています。また、「多胡運輸」「(株)芙蓉・不動産・金貸し」と太い線で結ばれています。その他、「市議 伊藤成」とも太い線でつながり、「伊藤」の先には「市議 沢ひろし」「市議 柳沢」が細い線で数珠繋ぎになっています。脇には「?/37億」と記してあり、いずれも横領金の流れに関与していることをうかがわせています。
 引出線として「倒産直後にビルを建設 秋の選挙運動に数千万円を使用? 教育者=金儲け 人間的には下の下」とあります。ここでいうビルとは、現在、新島学園の西にある「適塾予備校」と看板のかかった4階建てのビルのことと思われます。小川市長は、選挙の印刷物を適塾に頼んでいたとの情報もあります。
 また、太枠の「(兜蓉」には、これらの市議からも線がつながっています。このうち、「市議 伊藤成」には引出線で「不動産業者としてはまずまず しかし議員としては下の下」と厳しく記されています。「市議 伊藤成」から矢印で「高崎 税金滞納議員」が延びていますが、当時の情報では高崎市議のサイトウという名前が取りざたされていました。
 「早川」「伊藤」「沢」「柳沢」の近くに「多胡容疑者 自治大学(エリートコース)に入学時に銀座へ連日連夜、早川、伊藤 成、沢と共にくりだし大判振舞!」と記載されています。刑事記録によると、事件発覚の前年である平成6年10月から12月までの3ヶ月間出張扱いとなっています。当会の調査によると、夜、市議らと繰り出したのは、銀座より自治大学校のある広尾に近い赤坂の方だったということです。
 ちなみに、安中市役所から自治大学校に研修のため派遣されたのは、監査役の坂東と、多胡邦夫の2名しかいません。群馬県でも毎年2名しか研修に派遣しておらず、やはり自治大学校に派遣されると昇進の登竜門と自他共に認められるそうです。なお、安中市の場合は3ヶ月の研修ですが、群馬県の研修派遣では半年間の研修コース参加だそうです。小川市長は、多胡邦夫にエリート研修を積ませて、ますますカネの動かし方に磨きをかけさせようと期待していたようです。

【(株)芙蓉】
 企業として太枠で囲まれています。怪文書では、「早川」「伊藤」「沢」「柳沢」と「やくざ」との間に線で結ばれていますが、このうち「早川」だけが太線になっています。
 不動産・金貸しという事業のほか、矢印で外部に対し「新事業、中国からの輸入事業」とあります。
 この会社については、事件発覚直後に情報提供があり、当会の前身の市政をただす安中市民の会が7月9日(日)に発行した「会報第4号」で、「偶然の符合? 市議と不動産業との相関関係!」と題して記事を掲載したところ、非常に大きな反響を呼んだことはまだ記憶に鮮明に残っています。

【後閑興業】
 実態の不明な会社ですが、太枠で囲まれています。引出線で、「密約 ショウカイセキの銅像を建てたいが為に後閑城址公園構想をうちたてる 強引な方法で建設 総工費6億円 年間の維持費1600万円!(後援に隣接する自分の土地に設立済)」とあり、小川市長の6奉行といわれた企業のひとつに数えられていました。
 「高橋弘安」とは太い相互矢印で結ばれ、「多胡邦夫」「広上議長」と細い相互矢印で結ばれていて、「政治圧力 中曽根派」と線で繋がっています。

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後閑城址公園の北口から上りだすとすぐ右手の山中に見えてくる蒋介石の銅像。タゴ事件発覚当時は、まだまばゆい赤銅色だったが、今はこの通りブルーシートが袈裟のように掛けられて、みすぼらしいお姿を晒しておられる。

【高橋弘安】
 細枠で囲まれたこの人物は、多胡邦夫の直属の上司だった安中市土地開発公社の事務局次長だった市職員で実在しています。すでにリタイアして、現在は商工会議所にいるという情報です。多胡邦夫の刑事裁判では、多胡邦夫の配偶者と一緒に傍聴席にいるところを市民に何度も目撃されています。多胡邦夫の事を「おれの舎弟」と呼んでいたことは、つとに有名で、家族ぐるみの付き合いをしていたようです。
 怪文書によると、「広上議長」と線で結ばれており、「親戚」とコメントしてあります。脇にコメントとして「多胡容疑者を含むゴルフ仲間 麻雀仲間の議員に漏洩」と記されてあり、引出線には「市役所内に何でも言う事を聞く息がかりの職員が十数名いる!」「一職員が安中市の人事を牛耳っていた」と注釈が加えられています。
 事件発覚後の捜査段階で、警察も重要参考人として、最初のうち何度も事情聴取をしましたが、事件発覚後3ケ月以降になると、急に自信ある態度に転じました。供述内容も余裕のある受け答えをしていることが調書からも感じ取れます。

【広上議長】
 当時の市議会で最大与党の市民クラブの重鎮として、権勢を振るっており、岡田県議が事件直前に県議に鞍替えするまで、両者は非常に強い関係にありました。
 怪文書では、コメントとして「100条を拒む理由は?」とあるのは、広上市議が、公社事件の真相と責任の明確化のための百条委員会の設置に、議長経験者として、また市民クラブのご意見番として、なぜ前向きに取り組もうとしないのか、という疑問から来た表現であると、推測されます。
 毎年4月になると安中市議会は、10億円を超える当該年度の安中市の債務保証限度額について議決をし、それを議長名で発行したものを、多胡邦夫が群馬銀行に持ち込み、限度額目一杯借りまくりましたが、実際には、議会で年度後半に補正で減額を決議していたにも関わらず、広上議長をはじめ歴代の議長は減額された債務保証の議決書はいっさい発行しておらず、多胡邦夫が年間数億円単位で、借り増しすることを間接的に幇助していたことになります。

■以上のように、怪文書に記載されていた内容は、それ以前に、当会に対して情報提供があったり、当会の調査で明らかになっていたり、していたことも含んでおり、その後、警察の捜査により多胡邦夫だけが起訴され、有罪判決を受けたことから、その刑事記録も開示された範囲ではありますが、事件の内容をチェックした結果を見ても、ここは明らかに違うという情報を見つけることが出来ませんでした。まだ検察にみせてもらえていない刑事記録を見れば、違う情報も見つかるかもしれません。

【ひらく会情報部・その2に続く】

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蒋介石の銅像の台座に掲げられている有名な言葉「以徳報怨」。

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揮ごうしたのは郷土が誇る大センセイ。でも見てくれるのはイノシシくらいか。
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