群馬高専“物質工学科”アカハラ事件を検証する…やっぱり杜撰だった西尾時代の調査経緯(後編)  群馬高専アカハラ問題

★本記事前編を未読の方はこちら⇒ http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3172.html

(前編のあらすじ)群馬高専がまだ西尾校長時代であった2016年。言わずと知れた雑賀洋平による電子情報工学科アカハラ事件や寮生連続自殺・不審死事件が大きく注目されたことをきっかけにして、当会には堰を切ったように多数の告発が寄せられました。そうした中で発覚した事案のひとつが、主に2009〜10年にかけて、同校物質工学科(以下「K科」)の教員3名が同学科の教員や学生にアカハラとみられる行為をはたらいていたことです。しかも悪質なことに、当時の竹本学校長(在職2010.4〜2013.3)が、事件の揉み消しとみられる言動をしていたことも明るみに出ました。
 このK科アカハラ事件の実態調査に関して、当会では2019年10月8日、西尾時代におこなわれた「調査」の内容と経緯を明らかにするため、文書開示請求を群馬高専に提出しました。しかし、同年11月27日に開示された資料は真っ黒けでした。そのため当会は、疑問点を洗い出し、学校側に質問をしたものの、群馬高専側の対応はスローなものでした……。(以上「前編のあらすじ」)

■年末の質問受付メールで約束された「年明け早々」の返信を待っていると、1月30日にようやく以下の返信が到来しました。そして、開示文書にあらためて通し番号を付けなおしたもの、およびその通し番号と開示通知項目名の対応表が添付されてきました。事実上の開示やり直しということになります。


*****20/01/30群馬高専回答メール(1)*****
From: 群馬高専総務課 尾内
Date: 2020年1月30日(木) 17:02
Subject: RE: 12月5−6日開催の第11回高専出身校長研究会について(ご質問)
To: masaru ogawa
Cc: 群馬高専村田, 高専機構総務課総務係

市民オンブズマン群馬
代表 小川 賢 様

お世話になっております。群馬高専の尾内でございます。

ご指摘いただいておりました(1)の件につき,お時間を頂戴いたしておりましたが,別紙のとおり,開示資料に通し番号を付し,対応表を作成いたしましたので,ご確認のほどよろしくお願いいたします。

また,(2)のご質問につきましては,今回開示の調査メモに基づき,資料No.66の回答メモを作成いたしておりますので,当該回答メモが最終結論に該当する文書でございます。なお,当該回答メモの作成日は,平成29年6月7日以前となりますが,具体的な特定は困難な状況です。
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*****資料対応表&通し番号付き開示文書*****ZIP ⇒ tj.zip
                       別紙
           開示文書 資料対応表

1. 市民オンブズマン群馬からの公開質問状を受けての事情聴取の実施について → No.1
2. 調査メモ(まとめ) → No.2〜No.41
3. 調査メモ1 → No.42〜No.43
4. 調査メモ2 → No.44〜No.45
5. 調査メモ3 → No.46〜No.47
6. 調査メモ4 → No.48〜No.49
7. 調査メモ5 → No.50〜No.53
8. 調査メモ6 → No.54〜No.56
9. 調査メモ7 → No.57〜No.58
10. 調査メモ8 → No.59〜No.63
11. 調査メモ9 → No.64
12. 調査メモ10 → No.65
13. 回答メモ → No.66


【当会注:通し番号付き開示文書は併載ZIPファイルにてご覧ください】
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■こうして、群馬高専が開示文書をどう区分しているのかだけは、ようやく判明しました。これにより前記質問メールの(1)は解決されました。

 しかし意味が分からないのは(2)への回答で、群馬高専側が「No.66 回答メモ」を、本件アカハラ調査の「最終報告書」に相当するものだと説明していることです。質問状への回答方針(=調査結果)は西尾体制が何かしらの形で用意したにせよ、文書としての「回答メモ」は、明らかに前述の面談に臨むにあたり就任したての山崎校長のもと急遽用意された、説明内容を簡潔にまとめたメモ書きあるいは台本に過ぎないはずです。こんな1枚の「メモ」が、職員を動員して数か月を要した大調査の「最終報告書」というのは、無理筋にもほどがあります。

 加えて、仮に群馬高専側の説明を認めるにしても、当時の西尾校長は、調査が完了しているのに在任中にその結果を説明しなかったうえ、キチンとした最終報告書も作らないまま文科省に逃亡してしまったという二重の大問題が結局浮上してきます。

クリックすると元のサイズで表示します
その出どころをめぐってひと悶着が起こった「No.66 回答メモ」。B項の方は、2016年12月26日に群馬高専総務課長から回答保留の三行半紙切れを渡されたとき、入れ違いに追提出した公開質問に関するもの(上記記事リンク参照)

 したがって同日、当会から以下の追質問メールを送信しました。

*****20/01/30当会質問メール(2)*****
From: masaru ogawa
To: 群馬高専総務課 尾内
Cc: 群馬高専総務課 村田、高専機構総務課総務係
日付: 2020/01/30 23:15
件名: Re: 12月5−6日開催の第11回高専出身校長研究会について(ご質問)

群馬高専総務課課長 尾内様
毎々お世話になります。受験業務等でたいへんお忙しい中、当会からの要請に応えていただき感謝申し上げます。

(1)については差し当たり了解いたしましたが、(2)のご回答については大きな疑問があります。

「No.66の回答メモ」は、あくまでも当会が2017年5月8日の貴学山崎校長宛「ご面談のお願い」にて調査結果の報告を依頼したことへの対応として作られた面談回答内容のメモに過ぎないはずです。
メモを作るためには、何かしらの最終調査報告を参照しなければならないはずで、「メモが最終調査報告である」というのは無理があるのではないか、と思います。

また、もし、「回答メモが最終調査報告である」とするのであれば、貴学西尾典眞前校長は(2月までに調査が終わっていたにも関わらず)最終調査報告を作成することなく退職されたということになります。
さらに貴学山崎現校長は着任後に最終調査報告を作ろうともせず完全に放置し、当会からの要請が無ければ最終報告は作られなかったということになります。
極めつけには調査に数ヶ月をかけ職員を各所に派遣した重大事案調査にも関わらず、正式な報告書としての体裁とは程遠い「回答メモ」をもって最終報告書としている、という問題の多い結論になってしまいますが、そのような理解で差し支えないでしょうか。

その上で、再度お聞きしますが、
「No.66の回答メモが最終調査報告である(すなわち、回答メモ以外は全て調査記録で、調査結果・最終判断・判断理由をまとめ、報告書としての体裁を整えた正式な最終報告書は作られていない)」
ということでよろしいでしょうか。肯定・否定で明瞭に回答を知りたく存じます。

また、「当該回答メモの作成日は,平成29年6月7日以前となりますが,具体的な特定は困難な状況です。」とのことですが、このように法人文書として開示がなされたということは、当然法人文書ファイルに記載があってのことと思料されます。法人文書ファイルには基本的に作成日、取得日、保存日等の情報を記載するのが規則のはずですが、そうした情報すら記録がされていない、という理解でよろしいでしょうか。

なお、参考として、「調査メモ(まとめ)」の作成日または保存日についてもお教え下さい。
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■すると、受験・卒業関連業務による多忙のためか、また待ちぼうけを喰らい、3月9日になってようやく追質問への回答メールが届きました。

*****20/03/09群馬高専回答メール(2)*****
From: 群馬高専総務課 尾内
Date: 2020年3月9日(月) 9:48
Subject: RE: 12月5−6日開催の第11回高専出身校長研究会について(ご質問)
To: masaru ogawa
Cc: 群馬高専村田, 高専機構総務課総務係

市民オンブズマン群馬
代表 小川 賢 様

お世話になっております。群馬高専の尾内です。
ご照会いただいておりました件につきまして,お時間がかかってしまい大変申し訳ございませんが,以下のとおりいただいたご質問に対して朱書きにてご回答申し上げます。


>その上で、再度お聞きしますが、
>「No.66の回答メモが最終調査報告である(すなわち、回答メモ以外は全て調査記録で、調査結果・最終判断・判断理由をまとめ、報告書としての体裁を整えた正式な最終報告書は作られていない)」
>ということでよろしいでしょうか。肯定・否定で明瞭に回答を知りたく存じます。

→ 1月30日付けでご返信したメールのとおり,「回答メモ」が「調査メモ」の内容を踏まえ,「最終結論に該当する文書」として作成されたものでございます。

>また、「当該回答メモの作成日は,平成29年6月7日以前となりますが,具体的な特定は困難な状況です。」とのことですが、このように法人文書として開示がなされたということは、当然法人文書ファイルに記載があってのことと思料されます。法人文書ファイルには基本的に作成日、取得日、保存日等の情報を記載するのが規則のはずですが、そうした情報すら記録がされていない、という理解でよろしいでしょうか。

→ 「当該回答メモ」は,法人文書ファイルの中の一部として綴られているものでございます。なお,当該法人文書ファイルは,作成取得年度,保存期間の起算日,保存期間等が記載された法人文書ファイル管理簿に登載され,管理されております。

なお、参考として、「調査メモ(まとめ)」の作成日または保存日についてもお教え下さい。

→ 事情聴取の最終日である平成29年2月7日以降に作成されたものと判断しますが,作成日の特定まではできておりません。なお,本調査メモ(まとめ)が綴られている法人文書ファイルにあたっては,前記と同様に管理されております。
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■というわけで、回答に1か月以上をかけておきながら、圧倒される禅問答ぶりです。「回答メモ」が、最終報告書ないし「最終結論に該当する文書」なのであれば、必然的に様々な問題が出てきてしまいませんか、ということを指摘しているのに、「回答メモ」が最終結論だとひたすら繰り返すばかりで対話が成立していません。

 これ以上似た問答を繰り返しても同じところを回り続けるだけなのは明白だったので、手法を変えて、曖昧さを残さないよう回答方式を「YES/NO」に固定した質問メールを3月19日に送りました。

*****20/03/19当会質問メール(3)*****
From: masaru ogawa
To: 群馬高専総務課 尾内
Cc: 群馬高専村田, 高専機構総務課総務係
日付: 2020/03/19 12:25
件名: Re: 12月5−6日開催の第11回高専出身校長研究会について(ご質問)

群馬高専総務課
課長 尾内様

いつもお世話になります。
毎々、ご照会の件でやりとりをさせていただいておりますが、当方といたしましても、可能な限り正確なことをお聞きしたいと考えております。
したがって、曖昧なご回答や、きっちり質問内容に答えていない「回答」は、好ましくなく、学生らに学術的な論理のやり取りを教えるはずの貴学の品位を貶めかねないものではないか、とも危惧いたします。
また、そうした姿勢は、変に推量や解釈の余地を生みかねず、双方にとって不利益であると考えます。

さて、「1月30日付けでご返信したメールのとおり,「回答メモ」が「調査メモ」の内容を踏まえ,「最終結論に該当する文書」として作成されたものでございます。」とする3月9日付メールでの貴ご回答につきまして、再度お聞きいたします。
当方からはここに関して「肯定・否定で明瞭に回答を知りたく存じます。」と記したにも関わらず、「1月30日付けでご返信したメールのとおり」などとし、大変失礼ながら回答になっていないご回答になっているように見受けられます。

したがって、もう一度、以下の2点についてご質問いたします。
回答文は不要ですので、「はい・いいえ」のみでご回答をお願いいたします。

(1)本件調査に関し、「報告書としての体裁を整えた正式な最終報告書」はこれまで一切作成されていない。⇒はい・いいえ
(2)本件調査に関し、西尾校長時代に調査の「結論」は出されておらず、山崎校長就任以後にはじめて「結論」がまとめられた。⇒はい・いいえ

以上取り急ぎ。

市民オンブズマン群馬
代表 小川賢
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■極めてシンプルな2択質問がたった2つなので、5分で回答できるはずなのですが、また10日以上かかって3月末に回答メールが届きました。完全に群馬高専限定の話なのでいちいち高専機構本部にお伺いを立てる必要性も皆無同然に思われますが、それでも無理やり時間稼ぎがしたいようです。

*****20/03/31群馬高専回答メール(3)*****
2020年3月31日(火) 8:38
群馬高専総務課 尾内

市民オンブズマン群馬
代表 小川 賢 様

お世話になっております。群馬高専の尾内です。
ご照会いただいておりました件につきまして,お時間がかかってしまい大変申し訳ございませんが,
以下のとおりいただいたご質問に対して朱書きにてご回答申し上げます。

(1)本件調査に関し、「報告書としての体裁を整えた正式な最終報告書」はこれまで一切作成されていない。⇒はい
※本事案に対する調査委員会は立ち上げていないことから調査報告書もございません。

(2)本件調査に関し、西尾校長時代に調査の「結論」は出されておらず、山崎校長就任以後にはじめて「結論」がまとめられた。⇒いいえ
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■驚くべきことに、「調査委員会」が立ち上がっていないので調査報告書も存在しないというのです。職員を長期にわたって動員し、聴取のため職員を公金で各所に派遣していたにも関わらず、調査報告書すら作らないのではいったい何のために「調査」したというのでしょう。そもそも、「調査委員会」を立てる立てないを一体どういう基準で決めているのでしょう。調査報告書を作って残したくない事案について「調査委員会」を立ち上げないなどという恣意的なことが許されるのであれば、やりたい放題です。

 しかも、「山崎校長就任後にはじめて結論がまとめられた」に否定で返しているということは、西尾時代に結論が出されていたということに他なりません。であるならば、なぜ「西尾時代にまとめられた『結論』はこの文書ですよ」と示せないのでしょう。どうして面談用の「回答メモ」が結論などという不合理な一点張りをしつこく続けるのでしょう。

 こうしてまた新たに生じた疑問の数々から、当会では4月6日に再度以下の質問メールを送信しました。

*****20/04/06当会質問メール(4)*****
From: masaru ogawa
To: 群馬高専総務課 尾内
Cc: 群馬高専村田, 高専機構総務課総務係
日付: 2020/04/06 18:00
件名: Re: 12月5−6日開催の第11回高専出身校長研究会について(ご質問)

群馬高専 総務課長
尾内様

 毎々お世話になっております。
 先日は年度末でお忙しい中ご回答をいただき感謝申し上げます。
 先日の2点質問へのご回答を踏まえ、更に疑問が湧きましたため、以下質問致します。

(1)「本件調査に関し、『報告書としての体裁を整えた正式な最終報告書』はこれまで一切作成されていない」という質問について、「はい」で答えられていること、さらに「※本事案に対する調査委員会は立ち上げていないことから調査報告書もございません。」との付言がなされていることを当方として確認しました。
 しかし、開示資料から、本件調査がそれなりの規模と期間をもって行われたことは明らかであり、それにも関わらず当時、「調査」をするにあたって調査委員会を立ち上げなかった理由はなぜか、お答えください。

(2)「本件調査に関し、西尾校長時代に調査の『結論』は出されておらず、山崎校長就任以後にはじめて『結論』がまとめられた」という質問に「いいえ」で答えられていることを当方として確認しました。
 ということは、西尾校長時代に調査の結論が出されていたことになりますが、その「結論」は、開示資料のうち、通し番号でいうと何番(から何番)に記載があるか、お教えください。
 また、山崎校長が作った「回答メモ」における最終結論は、西尾校長時代に出されていたその「結論」をおおむねそのまま踏まえたものであるという理解でよろしいでしょうか。

 以上、年度初めと新型コロナウイルス対応でお忙しい中恐縮ですが、迅速なご回答をよろしくお願い申し上げます。

  市民オンブズマン群馬
  代表 小川賢
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■すると、半月後に回答メールが届きました。

*****20/04/22群馬高専回答メール(4)*****
From: 群馬高専総務課 尾内
Date: 2020年4月22日(水) 13:54
Subject: RE: 12月5−6日開催の第11回高専出身校長研究会について(ご質問)
To: masaru ogawa
Cc: 群馬高専村田, 高専機構総務課総務係

市民オンブズマン群馬
代表 小川 賢 様

お世話になっております。群馬高専の尾内です。
ご照会いただいておりました件につきまして,お時間をいただき大変申し訳ございませんが,以下,朱書きのとおりご回答申し上げます。

(1)「本件調査に関し、『報告書としての体裁を整えた正式な最終報告書』はこれまで一切作成されていない」という質問について、「はい」で答えられていること、さらに「※本事案に対する調査委員会は立ち上げていないことから調査報告書もございません。」との付言がなされていることを当方として確認しました。
 しかし、開示資料から、本件調査がそれなりの規模と期間をもって行われたことは明らかであり、それにも関わらず当時、「調査」をするにあたって調査委員会を立ち上げなかった理由はなぜか、お答えください。
→本件の調査は,市民オンブズマン群馬からの質問状を受けて,まず関係者への事実確認を行ったものであり,調査委員会としての位置付けではございません。よって,その確認結果も「調査メモ」としてございます。

(2)「本件調査に関し、西尾校長時代に調査の『結論』は出されておらず、山崎校長就任以後にはじめて『結論』がまとめられた」という質問に「いいえ」で答えられていることを当方として確認しました。
 ということは、西尾校長時代に調査の結論が出されていたことになりますが、その「結論」は、開示資料のうち、通し番号でいうと何番(から何番)に記載があるか、お教えください。
 また、山崎校長が作った「回答メモ」における最終結論は、西尾校長時代に出されていたその「結論」をおおむねそのまま踏まえたものであるという理解でよろしいでしょうか。
→調査の結論に該当する資料はNo.66の回答メモでございます。また,当該メモは西尾校長在職時に作成され,現校長に引き継がれたものでございます。
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■このように、「調査委員会としなかった理由はなにか」と聞いているのに、「調査委員会としての位置付けではございません。」と、またオウム返しで呆れてしまいました。いつまでこの不毛なやり取りを繰り返せばよいのでしょう。

 それよりも驚いたのは、「No.66の回答メモ」が西尾校長在職時に作成され、現校長はそれを引き継いだに過ぎない、という新説明が出てきたことです。

 では、「No.66の回答メモ」に書き込まれている「H29.6.7(面談) 山崎・猿田より」という文字はいったい何なのでしょう。それに、「回答メモ」の形式はもちろん正式な体裁の回答文書ではなく、しかも2つの公開質問状への回答が1枚にまとめられたものとなっていますが、これは当会が面談形式でその2つの公開質問状への一括回答を希望していなければ生み出されない代物ではないでしょうか。というのも、当会は一応にも当初、文書での回答を求めており、山崎校長就任後の5月になって初めて、2つの公開質問状についてまとめて面談方式で同時に回答することを要請していたからです。その時系列からすれば、因果関係が滅茶苦茶です。だいいち、西尾校長時代に作られたという新説明は、上記の1月30日付け群馬高専回答メール(1)で「当該回答メモの作成日は,平成29年6月7日以前となります」などと説明していたのと整合が付きません。西尾時代に作られたというなら、「山崎校長就任以前」となるはずです。疑問まみれです。

 何より、西尾校長時代に「結論」が出ていたのであれば、なぜ西尾前校長は在任中に当会に調査結果を通知しようとしないままに文科省に逃亡し、それを「引き継いだ」とされる山崎新校長も当会から催促されるまで説明を放ったらかしにしていたのでしょう。いくらなんでも無責任にもほどがあり、結局また新しい大問題が出てくるだけです。

 こうした観点に基づき、4月23日に当会から以下の質問メールを送信しました。

*****20/04/23当会質問メール(5)*****
From: masaru ogawa
To: 群馬高専総務課 尾内
Cc: 群馬高専村田, 高専機構総務課総務係
日付: 2020/04/23 8:10
件名: Re: 12月5−6日開催の第11回高専出身校長研究会について(ご質問)

群馬高専総務課長
尾内様

毎々お世話になります。
COVID-19対応に追われる最中、ご連絡賜りありがとうございます。
折り返しで恐縮ですが、次の2つの質問をさせていただきます。

(1)調査委員会を立ち上げなかった件について、貴ご回答(1)中では、「調査委員会としての位置付けではございません。」とされていらっしゃいますが、「調査委員会としての位置付けでない」ことは開示資料を一瞥すれば明らかです。そして、元々の弊質問の趣旨として、それを前提に、「調査委員会としての位置づけとしなかった理由」をうかがっております。「関係者への事実確認」が調査委員会扱いでない理由についてお答えいただきたく存じます。調査委員会の立ち上げに際し、明確な基準等があれば、ご教示ください。

(2)調査の結論の件につきまして、貴ご回答(2)中では、開示資料中、No.66回答メモが西尾校長在職時に作成され、現校長に引き継がれたものとの説明がございます。しかし、今年1月30日にいただいた貴メールにおいては、「なお,当該回答メモの作成日は,平成29年6月7日以前となりますが,具体的な特定は困難な状況です。」という説明がありました。事実関係が貴ご回答(2)のとおりであれば、上記メールの記載は「平成29年6月7日以前」ではなく「平成29年3月31日以前」(かつ最終調査結果受領後)でないとおかしいのではないでしょうか。

以上取り急ぎ。

市民オンブズマン群馬
代表 小川賢
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■また20日間ほど間が空いて以下の回答が届きました。気分はすっかり、飛脚で書状をやり取りする江戸時代の人間です。もっとも、江戸時代ですら同じ上毛間のやり取りでここまで時間がかかることはなかったでしょうが。

*****20/05/13群馬高専回答メール(5)*****
From: 群馬高専総務課 尾内
Date: 2020年5月13日(水) 9:44
Subject: RE: 12月5−6日開催の第11回高専出身校長研究会について(ご質問)
To: masaru ogawa
Cc: 群馬高専村田, 高専機構総務課総務係

市民オンブズマン群馬
代表 小川 賢 様

お世話になっております。群馬高専の尾内です。
ご照会いただいておりました件につきまして,お時間をいただき大変申し訳ございませんが,以下,朱書きのとおりご回答申し上げます。

(1)調査委員会を立ち上げなかった件について、貴ご回答(1)中では、「調査委員会としての位置付けではございません。」とされていらっしゃいますが、「調査委員会としての位置付けでない」ことは開示資料を一瞥すれば明らかです。そして、元々の弊質問の趣旨として、それを前提に、「調査委員会としての位置づけとしなかった理由」をうかがっております。「関係者への事実確認」が調査委員会扱いでない理由についてお答えいただきたく存じます。調査委員会の立ち上げに際し、明確な基準等があれば、ご教示ください。
→前回の貴殿からのご質問の趣旨は,調査メモの基となった調査に対して,調査委員会を立ち上げなかった理由を求めておられましたが,この調査は,まずは関係者への事実確認を目的としたものであり,その後,調査委員会を立ち上げるか否かの判断材料としたものでございます。よって,本調査については調査委員会としての位置付けでない旨を前回ご回答申し上げたものでございます。なお,この調査結果(調査メモ)を受けて本校では,資料No.66の回答メモに記載のとおり,ハラスメント行為を事実とする明確な根拠が確認できなかったことから調査委員会を立ち上げる必要性はないと判断したものでございます。


(2)調査の結論の件につきまして、貴ご回答(2)中では、開示資料中、No.66回答メモが西尾校長在職時に作成され、現校長に引き継がれたものとの説明がございます。しかし、今年1月30日にいただいた貴メールにおいては、「なお,当該回答メモの作成日は,平成29年6月7日以前となりますが,具体的な特定は困難な状況です。」という説明がありました。事実関係が貴ご回答(2)のとおりであれば、上記メールの記載は「平成29年6月7日以前」ではなく「平成29年3月31日以前」(かつ最終調査結果受領後)でないとおかしいのではないでしょうか。
→資料No.66の回答メモの作成日の特定が困難である以上,回答メモに記載の日付以前であることは間違いないことから,平成29年6月7日以前とご回答申し上げたものでございます。
**********

■かくのごとく堂々巡りが繰り返されています。常識として、普通は事実関係を確認することも目的に「調査委員会」を立ち上げ調査をおこなうものであって、「調査結果をみて調査委員会を立ち上げるかどうか判断する」というのでは、因果関係がアベコベです。

 もしも「ハラスメント行為を事実とする明確な根拠が確認できた」ならば、「調査委員会」を立ち上げて、まったく同じような調査をもう一度はじめから行う気だったとでもいうのでしょうか。そう考えれば、群馬高専の説明は滅茶苦茶にもほどがあります。

 回答メモの作成日の問題にしても、「西尾校長が作った」というのが本当であれば平成29年4月1日〜6月7日の間に作ったことは有り得ないにも関わらず、相変わらずの能面回答です。というより、(群馬高専の言い分の通りとして)なぜ一応にも重大な調査結論であるはずの「回答メモ」に作成年月日や作成者氏名を付していないのでしょうか? 公文書を作っているという自覚が無いのでしょうか? この点も理解できません。

■さて、メールの応酬はこのあたりにして、開示文書の内容にも目を向けてみましょう。ほとんどがノリ弁なので調査内容はまったくわかりませんが、辛うじて日付等断片的な部分は残されているので、各文書のポイントを抽出の上整理してみましょう。

1. 市民オンブズマン群馬からの公開質問状を受けての事情聴取の実施について → No.1
⇒事情聴取の実施要項。日付はないが、作成時期は当会の公開質問状提出(16/12/19)直後か。

2. 調査メモ(まとめ) → No.2〜No.41
⇒全開示文書の中でもっとも比重の高い「調査メモ」だが、これも作成日付不明。「1. 調査に至った経緯」、「2. 調査の目的」、「3. 調査方法」、「4. 調査員」(完全黒塗り)、「5. 記録」(完全黒塗り)が端的に記されたのち、「6. 調査結果」として、日時以外完全に黒塗りながら、以下の内容が記されているようだ。
・H28.12.22の聞き取り調査記録(No.3-9):10:00〜、10:30〜、11:00〜、13:00〜、13:30〜、14:00〜、14:45〜の7回。
・H29.01.10の聞き取り調査記録(No.10-11):14:30〜の1回。
・H29.01.17の聞き取り調査記録(No.11-12):11:00〜の1回。
・H29.01.19の聞き取り調査記録(No.12-15):11:00〜12:30の1回。
・H29.01.24の聞き取り調査記録(No.15-24):13:00〜、14:55〜の2回。
・H29.01.26の聞き取り調査記録(No.24-28):13:00〜の1回。
・H29.01.31の聞き取り調査記録(No.28-32):10:40〜の1回。
・H29.02.07の聞き取り調査記録(No.33-34):15:00〜の1回。
・H29.01.06の調査記録(No.34-区切り不明):調査形態も不明。
・H29.01.16付「群馬工業高等専門学校 ■■■■様」(No.40-41):どういった文書なのかまったく不明。

3. 調査メモ1 → No.42〜No.43
⇒「2/24 ■■■■より受領」と書いてある以外完全黒塗りで、文書の作成目的すら全く不明。

4. 調査メモ2 → No.44〜No.45
⇒電子メールのようにも見えるが、どういう文書なのか、作成日付も含め一切不明。

5. 調査メモ3 → No.46〜No.47
⇒No.46の方には「1/30 15:35」と手書きで書かれており、No.47の方には「1/24 ■■■■より受領」と手書きで書かれている以外は完全黒塗りで、文書の作成目的すら全く不明。また、日付とNo.の順番が逆な理由も不明。

6. 調査メモ4 → No.48〜No.49
⇒H29.01.16日付「群馬工業高等専門学校 ■■■■様」:黒塗りの仕方をみても恐らく上記のNo.40-41と同一の文書のようだが、なぜ重複しているのかは不明。

7. 調査メモ5 → No.50〜No.53
⇒以下の2点が含まれている。
・No.50-51(題名不明):上記のNo.44-45と同様の電子メールのような文書。どういう文書なのか、作成日付も含め一切不明。黒塗りの付け方が異なるので、上記とは別の文書らしい。
・No.52-53(題名不明):「平成29年1月19日(木)11:00〜12:30」という記載以外全面黒塗りで、文書の作成目的すら不明。No.50-51が電子メールであるとしたら、これはその電子メールに添付された文書ということだろうか。

8. 調査メモ6 → No.54〜No.56
⇒「報告書」と表題が付けられた平成29年1月6日付文書。右上に手書きで「1/10 ■■■■より受領」の記載。それ以外全面黒塗りで、文書内容は一切不明。仮にも「報告書」という標題があるのに、開示文書の名称を「調査メモ6」などとしている理由も不明。

9. 調査メモ7 → No.57〜No.58
⇒以下2点の文書が含まれている。
・No.57(題名不明):電子メールのような文書。どういう文書なのか、作成日付も含め一切不明。
・No.58(題名不明):「平成29年1月19日(木)16:30」という記載以外全面黒塗りで、文書の作成目的すら不明。No.57が電子メールであるとしたら、これはその電子メールに添付された文書ということだろうか。

10. 調査メモ8 → No.59〜No.63
⇒すべてが黒塗りされていて文書の性質含め完全に不明。辛うじてNo.62の右上の「1/10 ■■■■より受領」という手書き文字だけが読み取れる。

11. 調査メモ9 → No.64
⇒「H29.2.16」という手書きの記載以外全面黒塗りで、文書の作成目的すら不明。

12. 調査メモ10 → No.65
⇒「2/24 ■■■■より受領」という記載以外全面黒塗りで、文書の作成目的すら不明。

13. 回答メモ → No.66
⇒開示文書の中で唯一、まったく黒塗りされていない。内容は冒頭の面談で受けた「説明」とまったく同一である。前述のとおり、この「回答メモ」の作成経緯をめぐって当会と群馬高専の間で半年近いメール問答になったが、結局、どういう経緯でいつこの文書が作られたのか、確たることはほとんど不明のまま。なぜ、文書作成日すら記されていないのか、謎としかいいようがない。

■このように、K科アカハラ事件に関する調査の分量や期間自体は、皮肉にも、被害学生への聞き取りすら行われなかった群馬高専J科アカハラ事件よりはずっと重厚で、それなりに大がかりな規模で行われていたことがわかります。(注:あくまで「質」は度外視の「量」のみの観点として、また、「当社比」ならぬ「群馬高専比」として)

 調査メモ(まとめ)を見ると、当会の公開質問状提出3日後の2016年12月22日には既に7名に聞き取りが行われていて、これはアカハラ事件当時から一貫して在籍していたK科関係者を対象にしたものと考えられます。そしてその後1か月半にわたり、何度も単発で聴取がなされていることがわかります。恐らく、各地に散らばってしまった2010年前後の当時関係者を特定しつつ、アポイントを取りながら調査員を派遣して聴取を行い、更にその証言をフィードバックして、自校関係者に再聴取したものと考えられます。

 また、「群馬工業高等専門学校 ■■■■様」という書き出しの文書が存在するのを見るに、文書での問い合わせのようなものも行った様子がうかがえます。一部調査を外部調査機関に委託した可能性も考えられますが、そうした調査過程の一切は闇の中です。

■それにしても、この規模の調査ともなればかなりの人手と公金を費やしたはずですが、その果ての「結論」が、ペラペラの「回答メモ」1枚というのは竜頭蛇尾が過ぎます。明らかに割に合っていません。いくらデータを取るだけ取ったところで、その処理と検討の過程が杜撰なのであれば、結局調査自体も極めて杜撰なものと化してしまいます。

 そして、徹底的なノリ弁開示のせいで、受け取った紙束のほとんどが一体何の文書なのかすらもサッパリわからないようにされてしまいました。これでは、どういう流れと方針で調査が行われたのか、大まかにどういう結果が得られたのか、そうした大雑把な調査実態も一切把握できず、中身と「結論」に至る過程が果たして妥当なのか(そもそも記載があるのか)を検証することもできません。

 アカハラを不存在と結論付けられる材料を一切示せないのに、「アカハラなど存在しなかったのだから掲載イニシャルを消せ」などというふてぶてしい要求をどう納得して受け入れろというのでしょうか。納得できる根拠が何ひとつ説明されないのでは、たとえば当時の西尾校長が問答無用で調査結果を握りつぶして「アカハラは存在しなかったことにしろ」と下命していたとしても、そうした悪意のケースと見分けの付けようがありません。

 形式上であれ告発人の当会にこうしたマネをするということは、群馬高専の学内でハラスメント被害者が調査と救済を訴えても、対応は推して知るべしといったところでしょう。

■さらに、「調査」文書に記された日付は、当会の公開質問状提出3日後の2016年12月22日にはじまり、もっとも古いもので翌年2月24日です。すると、調査自体は2月中までにほぼ完遂していた可能性が極めて高いことになります。

 そうなると、2017年3月15日に当会担当者が群馬高専を訪れたとき、当時の村田係長が「引き続き調査中」と説明し、進捗を明かそうともしなかったのはいったい何だったのでしょうか。

 あの日の西尾校長は、オンブズマン対応を係長に押し付けた櫻井総務課長と2人きりで校長室に籠り、何やらコソコソ密談をしていました。校長室から2人が出てきたところを見計らってインタビューを掛けましたが、西尾校長は無視して足早に廊下を進み、総務課の北側ドアの中に姿を消していってしまいました。それが、当会関係者が最後に見た西尾典眞の姿になりました。

■当時、既に文科省への逃亡が決まっていた西尾校長にとって、多少無理やりでも「アカハラ不存在ありき」の結論を既成事実に仕立ててしまい、後任の山崎校長に後処理を押し付けて去っていくことは確定事項だったのでしょう。そして後を継いだ山崎校長は、「回答メモ」まで含めてすべて西尾時代の遺産だと強弁することで、「調査」実施と「結論付け」に対する諸責任はうまく回避しつつ、「アカハラは存在しなかった」だけを便利な遺言に連呼しているというわけです。

 こうしてみると、西尾と山崎の間で見事に「調査」と「結論」に関する責任の所在がアヤフヤにされているのがわかります。西尾校長の退任も既に3年以上前になってしまいましたが、在任当時の彼の下らない悪知恵と抜け目の無さはやはり一級品だと未だに再確認させられます。

 竹本校長、西尾校長、山崎校長が三代掛けて築き上げた負の遺産である10年前の群馬高専物質工学科アカハラ事件。当会では今後も、群馬高専のアカハラ体質の改善、そして歴代校長が揉み消してきた数々の叫びの真相究明に向けて尽力してまいります。

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頭一つ抜き出た長身と顔つきが特徴的の群馬高専前校長・西尾典眞。信州大学HP(http://www.shinshu-u.ac.jp/topics/archive_data/2011/01/iso14001-6.html)より。その悪魔もかくやというレベルの所業の数々は、https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2633.htmlにて簡潔に説明したとおり。2018年春に文科省を定年退職し、満額の退職金を抱えて野に姿を消した後の行方は、杳として知れない

【市民オンブズマン群馬事務局からの報告・この記事おわり】
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