元文科省幹部・佐野太による受託収賄裏口入学事件…10月5日第4回刑事公判傍聴記  【出張!オンブズマン】長野高専の闇

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■文科省トップ幹部としての権力を使い、無能極まる同学同期のお友達・石原祐志を長野高専の校長に押し込んだ立役者と目される佐野太。二人揃って見事に失脚する原因となったのは、佐野太のバカ息子の医学部裏口入学に係る受託収賄事件でした。

 2018年7月に佐野太が電撃逮捕されてから2年が経ち、公判前準備の遅滞やコロナ禍を何とか乗り越えて、今年7月6日にようやく東京地裁で初公判が開かれました。当会としても、群馬高専の悲劇にも繋がる文科行政腐敗の象徴的な事件であり、そして今に尾を引く長野高専の様々な崩壊を招いた元凶が起こしたこの事件について、ぜひ傍聴に赴き、その真相と審理の行方を見定めたいと考えました。しかし、初公判は傍聴抽選に遅れてしまい、第2回公判は傍聴抽選に漏れてしまいました。第3回公判は、担当者の予定が合わず、チャレンジを見送りました。

○2020年7月8日:元文科省幹部・佐野太による受託収賄事件で逮捕から2年越しの初公判…開廷からなんと容疑全面否認!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3179.html
○2020年7月20日:元文科省幹部・佐野太による受託収賄裏口入学事件の第2回公判で当会会員が傍聴抽選に挑戦!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3181.html

■その後、10月5日の第4回公判、10月19日の第5回公判について、続けて傍聴することが叶いましたので、今回連続記事としてそのレポートを皆様にお届けします。


 第4回公判は10月5日(月)午前10時30分から開廷されるということで、筆者は当日朝7時55分に安中市の自宅を出発しました。

 月曜日にしては国道18号線はさほど混雑しておらず、高崎駅に15分で到着しました。東京までの4490円の乗車券プラス新幹線自由席特急券を購入し、普通改札口から新幹線改札口を通ると、ちょうど発車ベルが鳴り響いており、8時14分発のあさま608号がホームを出発するところでした。その後、8時17分発の404号が続けて入線してきたため、ほとんどホームで待つことなく乗車できました。

 東京駅には定刻通り9時16分に到着し、そこから東京駅の中央コンコースを歩き、総武線快速ホーム行きのコンコースへ下り、丸の内側の地下改札を出ました。正面に見える丸の内線の東京駅の切符売り場で170円の乗車券を購入し、ホームにやってきた車両に飛び乗ったところ行先が池袋だったため、慌てて向かい側の荻窪行きに乗り換えました。

■霞ヶ関駅で下車し、改札を出て階段を上り地上に着くと、小雨が降っていました。時間は午前9時40分でした。

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 傘を取り出すのも面倒なので、そのまま歩いて、裁判所合同ビルの入口から中に入ると、左側の傍聴手続@番の場所に係員らが待機している様子が見えました。歩いて近づくと、「傍聴ですか」と聞かれたので「はい、お世話になります」と返しました。「104号法廷の傍聴で間違いないですね?」と念押しされたので「はい」と答えると、No.01005整理券と書かれた紙をくれました。そして、傍聴希望者の待機エリアに誘導されました。コンクリートの床には青色の四角いテープが貼られていて、そこに各自、立って並ぶように裁判所の職員に指示されました。

 待機エリアには、既に最前列に4名がおり、筆者は2列目の建物の壁側に並びました。後日気が付きましたが、最前列には5人分のテープが貼ってあったところ、筆者がそれを見逃していたようです。その後、パラパラと傍聴希望者がやってきて、次々に順番に並びました。まもなく2列目にも4人が揃い、3列目の最初、つまり9人目に初めて女性のかたが並びました。3列目には5名が並び、4列目は再び4名が並びました。

 次第に雨が強く降り出し、植え込みの植物の葉に当たる雨滴の音が、待機エリアの天井と壁と床に反響してザーザーと聞こえました。その後も、19番目に男女二人ずつの4人組のかたがやってきて、22人となりました。裁判所職員がそろそろ10時の締切時間が迫っていると見えて腕時計に目をやり、このままだと抽選無しで傍聴できるかもと思ったそのとき、ゾロゾロと男女8人の集団が整理券を受け取り、待機エリアにやってきました。

■その直後、裁判所職員のリーダー格とおぼしき人物が「これより閉鎖します」と声をかけ、整理券配布場所を閉めるとともに、電源用のコードリールを巻き戻したり、バリケードの位置を変えたりし始めました。「これから抽選に入ります。抽選結果は正面のボードに掲示します」とハンドマイクで説明しました。さらに「整理券にある番号が掲示された券をお持ちのかたは10時20分までに中に入り、104号法廷前にお集まりください。なお、抽選に漏れた方は、職員が持つ箱の中に外れ券をお入れください」との説明がありました。

 まもなく用意が整い、抽選結果の番号が掲示されたボードが、こちらのほうに向けられ、職員が「それでは整理券番号1番から15番までのかたは、順番に前方にお進みください」とアナウンスしました。筆者も1列目の4人に続き、前に歩みを進めました。ボードを見ると、1001番が見当たりませんでしたが、その後は連番となっており、筆者の整理番号の1005番を確認できました。全部で30名の傍聴希望者に対して25人の傍聴券のため、ちょうど6人に1人が傍聴できないことになります。筆者も、第2回公判の傍聴希望のときは整理番号1番だったのですが外れてしまいました。そのときの倍率は5倍でしたが、いずれにしても筆者が佐野太の傍聴チャレンジをするとき、1番はラッキー番号ではないようです。

■そのまま当選した整理券を持って、一般来訪者の手荷物と身体検査場に向かい、自動ドアのところにある消毒用アルコールを両手に振りかけてよく擦り込みました。入口のX線検査のため手荷物を預け、荷物札を受け取ってから、筆者も金属探知ゲートをくぐり、荷物札を引き換えに手荷物を受け取りました。手洗いを済ませてから、さっそく右手のエレベーターホールにある1階の104号法廷に向かいました。

 手洗いを済ませているうちに、出遅れてしまい、傍聴券交付場所の前に並んだときは7番目でした。当選した整理券を見せて、確認が済むとくすんだピンク色の傍聴券が手渡されました。番号は順番通りNo.7で「公判傍聴券 2.10.-5 第104号法廷(1階) 東京地方裁判所刑事第16部」と印刷されていました。日付だけがスタンプでした。

 それを持つと、エレベーターの奥の男性トイレ前に順番に間隔を空けて列をつくり並びました。奥にバリケードがおいてあり、立入禁止のボードがかけてありました。表札を見ると、男性トイレ側が守衛室で、女性トイレ側が高裁管理課とあります。前方は、女子トイレ側がこれから入廷する104号法廷と地裁総務課で、男性トイレ側が102号法廷とあります。地裁総務課と高裁管理課が別々になっていることに興味を惹かれました。

■さて、間もなく10時20分というころになり、順番に手荷物を預けた後、携帯電話や電子機器等が描かれた絵を見せられて「これらのものは所持していませんね」と念押しされました。「財布など貴重品はお持ちください」と言われたので、カバンを開けて取り出してから、38と書かれた荷物札と引き換えにカバンを預けました。その後、104号法廷の入口で、金属探知機を手にした3名の職員が待ち構えていました。初めに、空き箱を手に取り、「この中にポケットの中にある全てのものを出して下さい」と指示があり、さきほどカバンから取り出した財布やメモ帳、筆記用具、そしてポケットの中の小銭を取り出し箱の中に入れました。職員が「財布の中も見せてください」というので、帰りの運賃分の5千円が入った財布を見せました。

 続いて、両手を横に挙げて、足を少し開いたポーズをとるように言われ、金属探知機を当てられました。ベルトのバックルのところでブーと探知音がしましたが、特に何も言われず、続いて反対側に向き、背中側もチェックされました。

 検査後、箱の中から財布や小銭を取り出し、ポケットに入れ戻し、傍聴券を職員に渡したあと、すぐ奥にある傍聴者待機用の長椅子に順番に座りました。金属探知検査をしているうちに、さらに2名に抜かれたため、9名掛けの木の長椅子の一番端に座ることになりました。見ていると、筆者の次以降は、中央のレーンに順番に立って待っていました。待機している間にも、報道の腕章を付けメモを片手にした記者や、カメラと三脚をもった報道カメラマンらが何名か、どんどん中に入っていきました。やはり報道関係者の特権を痛感させられます。

■3分ほど待機していると、「それでは傍聴される皆さんは順番に中にお入りください」との声がかかりました。

 104号法廷に入るのは、筆者にとって実は2回目です。初めて104号法廷で傍聴できたのは、数年前の小渕優子代議士と秘書の折田謙一郎・中之条町長(当時)の公選法・政治資金規正法違反の初公判の時です。この時はかなりの競争倍率でしたが、運よく抽選に当たり傍聴できました。

 コロナ禍の為、椅子には4席に1席、あるいは4席の両端に2席といった風情で、定員の3分の1に傍聴者数を絞っています。筆者は、最前列の中央からやや左側の空き席に陣取りました。裁判の当事者らと傍聴席を隔てる柵の前には、3名の法廷警備員が傍聴席に向かって等間隔で立っていました。そして、右手に陣取っていたリーダー格の角刈り頭の職員が「一旦開廷すると、水分補給とトイレ以外では部屋の外に出られません。また、それ以外の理由で室外に出た場合は再入室できません」と注意事項を説明しました。

 その際も、マスコミ関係者らしき女性記者風情のかたがたが入ってきて、報道陣用の傍聴席に着座しました。こちらは横並びで隙間が無く、いわゆる密の状態です。マスコミ関係者への特権をここでも感じました。

 その後、書記官が裁判長の許可を得て、恒例の報道用の写真撮影をするようにマスコミに伝えました。なお、104号法廷への入室前に、「報道用に法廷内の写真及び動画を撮るが、取られたくない人は事前に申し出てください」とアナウンスがありました。しかし、それに応じた傍聴者はいない様子でした。

■撮影タイムが終わると、被告人4人が入廷してきました。焦点の佐野太被告人は3列の被告人・弁護人席の最前列の右端、つまり裁判官席に近い方に着席しました。佐野被告人は、着席前に裁判官に向かって一礼し、次に傍聴席側に向かって一礼しました。傍聴席側と言っても、傍聴席に真っ直ぐ対面ではなく、斜め左側に向かってお辞儀をしました。ちょうど裁判官に向かってやや左側にいた筆者の方に一礼する形になり、筆者と目が合って、おもわず反射的に筆者のほうも会釈をしました。

 着席した佐野被告人は、さかんに目をしばたたかせていたのが印象的でした。また、逮捕時の報道に使われた写真と違い、ほぼ完全に白髪でした。マスクをして眼鏡越しに目をのぞかせているだけでしたが、まぎれもなく佐野太本人であることは容易に分かりました。

 被告人4名が着席すると、筆者から向かって左側の検察が5名、右側の被告人・弁護人が19名の大所帯となり、それに加えて正面に裁判官3名と書記官1名が着座する形になりました。

■裁判長が開廷を宣言し、書記官が事件番号を読み上げると裁判が始まりました。

 本日は証人調べということで、まもなく検察側の入口ドアが開き、証人が現れました。裁判長が「それでは証人は中央の証人台の前にどうぞ」と誘導し、証人が台の前に立つと、はじめに裁判長は証人カードを見ながら人定質問をしました。それによると、本日、証人尋問を受けるのは、丸山洋司氏であることがわかりました。

 証人が「はい、間違いありません」と答えると、次に裁判長は、「それでは宣誓書を朗読してください」と言い、書記官が宣誓書を証人に渡しました。そして丸山証人は立ったまま宣誓書に書かれた文字を読み上げました。文章の内容は概ね「宣誓、良心に従って真実を述べ,何事も隠さず,偽りを述べないことを誓います」というものでした。

 宣誓書の朗読を終えた丸山証人が着席すると、裁判長が「虚偽の証言は、偽証罪の対象になることがあります」と偽証の制裁の警告について説明し、丸山証人が頷くと、検察側の主尋問が始まりました。

■ところで、この証人として喚問された丸山洋司氏ですが、本記事執筆時点でのWikipediaを見ると「日本の文部科学官僚。ノンキャリア初の文部科学省局長として、文部科学省初等中等教育局長を務めたのち、ノンキャリア初の事務次官級として文部科学審議官に昇格」とあります。
○参考https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B8%E5%B1%B1%E6%B4%8B%E5%8F%B8

 主尋問の冒頭、検察側の加藤検察官が証人の経歴を簡単に確認しましたが、それによると、丸山証人は、昭和63年に旧文部省に入省後、平成29年7月11日から平成30年10月まで文科省の私学助成課長を務めていました。在任当時グランディング事業に携わっており、現在も文科省で勤務しているとのことです。

 同氏の人物像や経歴について、上記Wikipedia記事によれば、以下の通りです。
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大分県出身。1981年に大分県立大分上野丘高等学校卒業後、大学受験浪人となり、同年 国家公務員採用初級試験(行政事務)合格。1982年大分医科大学事務局入局。同総務部勤務を経て、上司の勧めで転任試験を受け、1988年文部省配属。自治官僚出身の間島正秀の下で自治体経営を学びたいと考え、法政大学大学院公共政策研究科に入学し、2017年に修了、修士。
文部科学省大臣官房会計課地方財政室長、文部科学省初等中等教育局財政課教育財政室長等を経て、2016年文部科学省初等中等教育局特別支援教育課長。2017年文部科学省高等教育局私学部私学助成課長。2018年に玉上晃とともに文部科学省発足以来初となるノンキャリア出身審議官として、文部科学省大臣官房審議官(初等中等教育局担当)兼内閣府子ども・子育て本部審議官に昇格。
文部科学省における再就職等規制違反事件や、文部科学省汚職事件を受けた組織改革の一環として、2019年にノンキャリア初の文部科学省局長として、初等中等教育局長に昇格。昇格後のインタビューでは、異例の人事について「正直、驚きました」とコメントした。現場主義を自認し、好きな言葉は「一隅を照らす」。局長として、長年関心を持っていた教育条件整備等による教育格差解消などに取り組んだ。2020年ノンキャリア初の事務次官級文部科学審議官に昇格。

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 まさにノンキャリの星とも言うべき人物のようです。年齢58歳。証人台で裁判長に向かってマスク越しに証言する後ろ姿をすぐ後ろの傍聴席でずっと拝見していましたが、後頭部はかなり薄く、官僚としての苦労が偲ばれます。

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初等中等教育局長に就任した当時の丸山洋司氏(文科省提供)

■検察官による主尋問を聞くと、丸山証人はブランディング事業の2年度目に当たる平成29年度の公募締切後、前任者の淵上孝・高等教育局私学部私学助成課長の後任として、平成29年7月11日に着任し、ブランディング事業対象校の選定と公表まで従事したということです。
※2017年(平成29年)3月28日:平成29年度私立大学研究ブランディング事業における「計画書」及び「事業調査回答票」の提出について(通知)
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/002/002/1384024.htm
※2017年(平成29年)3月28日:平成29年度「私立大学研究ブランディング事業(継続)」に係る計画調書の提出について(依頼)
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/002/002/1384027.htm

 証人尋問によれば、ブランディング事業委員会が対象校を指定したのが平成29年10月6日で、公表したのが11月7日ということです。
※2017年(平成29年)11月7日:平成29年度「私立大学研究ブランディング事業」の支援対象校の選定結果について
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/002/002/1397956.htm

 尋問に対する丸山証人の陳述によると、10月に採択校が決定され、公表資料の作成を部下に指示し、省内の官房など関係部署への説明を行ったといいます。そして、採択校の名前を事前に教えてほしいということで、省内OB等への連絡も確認していったといいます。このとき、佐野太からも選定結果の報告依頼があったというのです。

 丸山証人によると、局長クラスの場合いわゆる政治家との関わりが日常的であるため、「マルセイ(○政)」と称して、政治関係者に説明するものと想定し選定結果を連絡したとのこと。この「マルセイ」とは、「永田町案件」とも言い、霞が関では一般的に使われている用語とのこと。

■検察側は「佐野被告人に採択結果を伝えた時、どのような反応があったのか?」と質問した際、丸山証人は「よく覚えていない。具体的な反応はなかったと思う」と答えました。当時佐野被告人は文科省科学技術・学術政策局長(略して科政局長)のポジションにいました。局長クラスのほか、官房長も政治家への説明を想定して、前年度のマルセイ関係事業の一覧表を参考に、抜かりのないように説明資料を作成するよう部下に指示したといいます。当時の文科大臣は平成28年度に東京医大のパーティーに出席したこともあり、採択結果を政治家に教えるのは慣行になっているようです。

 検察側は甲60号証資料2を証人に示し、「平成28年度のマルセイ案件をまとめたものに間違いありませんね」と確認を求め、証人は「間違いありません」と答えました。中央のやや下に、官房長が記入する欄があり、大臣が出席したパーティのことを意味するものだと証人が言いました。

 なお、平成29年度の選定結果を佐野太に報告したときについては、「科政局長室のアポイントを部下に入れさせたところ、佐野局長が多忙ということで事前の面会が不能であったため、部下には資料を封筒に入れさせ、それを局長の秘書に渡させたと思う」と証言しました。検察は「(佐野局長に渡したのは)どのような資料か?」と質問したところ、証人は「幹部用に各大学の採択結果が分かるように明示したもので、ブランディング事業の広報用の資料。政治家に対して局長からレクチャーする場合に、電話で連絡ができるように、公表時間、採択結果などを明示した3つの資料を封筒に入れて局長に渡した」と答えました。

 次に甲108号資料3を検察が提示し、証人に「内容に間違いはないか」と確認を求めた後、色々と細かい質問をしました。この資料の中央部には「〇〇先生よりご連絡いただいた」として具体的な政治家の名前があるとされています。3点の資料の内、広報資料はプレス関係の発表資料で、定型の様式に従って、事業概要、採択件数、採択校一覧表の記載があるものだということです。この他、甲108号資料1の2とか、同じく甲108号の資料1の4だとか、広報関係資料について検察が証人に対して細かく尋問をしました。

 証人は、既に事件から時間が経過しているためか、「記憶を呼び起こすと、(佐野に)伝えた時期は、11月7日の公表の前日の夕方のタイミングで、秘書に封筒に入れた資料を渡させたと思う」などと答えていました。

■証人は、「政治家や役所OBから依頼を受けて、公表前に選定結果を伝えていた。でも内容としては○(採択)か×(不採択)のみしか教えていない」と述べました。検察側が「(公表前に伝えることに対し)それはなぜ?」と質問すると、「決して好ましい事ではないと思う。ただし、公示当日の前日の夕方であれば、採択結果は確定しており、動きは出てこない、との判断も働いた」と答えました。さらに証人は「(変な働きかけが起きないようにする)最小限の担保はしていた。公表前の伝達そのものは好ましくないとは思う」としきりに正当性を釈明していました。

 続いて甲108号の資料1と4を検察が証人に示しました。東京医大の結果について、採択を示す○印にコメントが付けられているということでした。検察が証人に「順位を伝えていたのか?」と尋問すると証人は「順位までは好ましくないと思ったが、政治家には一般的に伝えていた」と回答しました。

 続いて甲55号証資料2が参照され、外部への対応方針に絡み、平成29年の公募通知について検察が証人に質問しました。「外部からの問い合わせへの対応方針」について、事前に理解していたかどうか、というものです。この外部への対応方針は、2枚目の4項の留意点として記載されており、「原則として電話での対応で、個別内容の問い合わせには対応しない」とされているとのこと。

 検察側が「私学助成課長としてなぜこのようなことを承諾していたのか?」と質問すると、証人は「一般論として、こうした資料は事業の公正性を第一に考慮しており、併せて当時、職員の再就職に絡む事案騒ぎがあったため、通知の中に明示していたと理解している」と答えました。検察側は「4項の2番目の方針は、課長在職中、認識していたのか?」と質問すると、証人は「着任後、当時の担当者から『対面で話してほしいとの問い合わせなどが私学から話があった。但しそれについてはルールに則って電話で対応するようにと返した』などと、数度ほど担当係長から報告を受けたので、私からは『ルールを厳守するように』と指示した」と答えました。

■平成29年度ブランディング事業については、平成29年11月の委員会で東京医大が選定されました。同事業の平成29年度補助金交付では、3種類の補助金(@経常費補助金特別補助、A施設装置整備費、B設備整備費)があったといいます。この流れ(フロー)は、採択校から申請書が出されて、私学事業団でまず整理してから役所に提出されるかたちで、一般補助と特別補助に分かれています。

 一般補助は学生数×単価で決まり、特別補助は今回の事業認定を経て年度末に交付されるとのこと。したがって、一般補助は年末12月でボーナスに間に合うように採択校に交付され、ブランディング事業としての特別補助は年度末に採択校に交付されているとのことです。また、経常費間接補助については、原則として私学事業団経由で交付されているとのこと。その手続きは要綱で定めてあります。

 甲106号証の添付資料1の5枚目に要綱があります。また、別紙要綱(細目)が甲106号証の添付資料1の18から30枚目に示されています。この要綱は、大臣の裁定により大きな方針を年2回改訂していて、私学事業団への配布方針について詳しく定めているそうです。配分は年2回で年末と年度末。要綱等としては、各学校法人からの申請に基づき手続きを行い、交付決定に基づき経費の支出を行うという内容です。ブランディング事業分は特別補助として年度末に交付されますが、これは上積み分を加算するため、変更交付決定という形をとります。

 甲51号証資料2の右下には平成28、29、30年度の交付内容について示してあります。(東京医大の)ブランディング事業では3500万円が交付され、残りの施設整備費、設備整備費は直接補助で行われました。平成29年度ブランディング事業は設備整備費のみ請求され、これのみ交付だったとか。設備申請書は大臣まで上程されているようです。交付決定後に整備が行われ、器具を購入したら設置状況を確認し、経費を交付する形がとられています。事業として「ガスクロ質量計」という名称が出て、この事業費は589万1000円とのことです。この辺の話になると、細かすぎて、傍聴していてもなかなか全体の構成が掴めず、頭の中がボーッとしてきました。

■そうした頃合いを見計らったのか、まだ正午まで25分ほど残した時点で裁判長が「では主尋問が終わりましたので、この後の反対尋問は1時30分からこの法廷で再開します。それまで休廷とします」と宣言しました。退出時に、「午後も引き続き傍聴されるかたは忘れずお受け取りください」と箱を持った係員に声を掛けられたので、箱から傍聴券を1枚受け取りました。今度の番号はNo.2でした。

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 そのまま民事窓口に移動し、当会が係争中の高専関連訴訟での対応を行い、無事に諸事項の確認等を済ませました。早速腹ごしらえをすべく、地下1階に降り、食堂で早めに昼食を済ませました(正午になると職員らが一斉に降りてきて混雑するため)。食事後、1階ロビーの長椅子のところで、時間調整をしました。ふと前方を見ると、本日の傍聴券交付事件と書いた表示板が見えました。近寄ってみると次の記載がありました。

*****10/5傍聴券交付事件開廷表*****
交付場所 法廷/開廷時間 事件名     被告人又は被疑者名 備考
@番   818号/10:00  公職選挙法違反 河井案里      パソコン抽選整理券交付〆切9:30
@番   104号/10:30  受託収賄、贈賄、受託収賄幇助
                     佐野太 外3名    パソコン抽選整理券交付〆切10:00

@番   429号/11:30  法人税法違反、 地方法人税法違反、法人税法違反幇助、地方法人税法違反幇助
                   Aegate株式会社 外2名 パソコン抽選整理券交付〆切11:00
**********

 これを見て、今朝ほど@番の傍聴整理券交付場所で、担当職員からしつこく「受託収賄事件の傍聴希望ですか」と確認されたわけがやっと分かりました。なぜなら午前中に3件も傍聴案件が続いていたからです。しかもそのうち一件は、佐野太の受託収賄以上にニュースを騒がせている河井案里議員の公職選挙法違反容疑での公判でした。

 午後1時を回った時点で、1階正面に向かって右側のエレベーター奥にある104号法廷前に行くと、すでに数人の傍聴者が列を作っていました。筆者はその7番目くらいに並びました。その後、今朝と同じように、順番に手荷物を預け、ボディチェックを受け、待合用の長椅子に座って待機しました。午後1時20分ごろ、入廷許可が出たため傍聴席に入りました。傍聴席にはいくつか空き席ができており、午前のみの傍聴で帰った傍聴者がいることが分かりました。

■午後1時半、定刻通りに午後の審理が開始されました。開始後に裁判長が、「証人席の場所が、反対尋問をする被告人・弁護人側の席に近いため、前回と雰囲気が異なるので少し移動してはどうか」と指摘しました。しかし調べたところ、証言台と被告人・弁護人側の最前列の机の間に、上にプロジェクターを載せたサイドデスクが設置されており、配線が施されていて、左右に動かすことが困難になっていました。そこで、サイドデスクを少し後ろにずらし、被告人・弁護人の関との間にスペースをとることで、証拠文書の提示がしやすくなりました。

 そして被告側弁護人による反対尋問が始まりました。最初は佐野被告の弁護人だというナガシマ弁護士(漢字不詳)です。尋問内容は平成29年度ブランディング事業のことです。

 冒頭、甲50号証資料2の2について、ブランディング事業の選定は文科省の決裁事項であるが、事業委員会は文科省として選定したわけではないとの指摘がなされ、ブランディング事業は手続きとして事業計画の修正を受けて通知されると説明がなされました。

 次に甲106号証について、間接補助事業者にかかる補助金交付申請用紙の様式について尋問がありました。ほかに甲51号証、甲132号証の2、甲124号証の資料2、甲108号証資料1の4などが証人に示され、被告弁護人による尋問が続きました。甲132号証については、平成29年度ブランディング事業選定校として、自治医大の永井良三学長のケースが例示されました。

 尋問で気になったのは、反対尋問者の質問に対して、証人が頷くたびに、反対尋問をしている弁護人が「あなた、今、頷きましたね!」と強く念押しをしていたことです。何度か繰り返すうちに、裁判長が見かねて証人に、「頷いたりせずに、都度、返事をきちんとするように」と指示を出していました。

■その後タカオカ弁護人、鈴木被告人担当のヒロナカ弁護人が順番に尋問しました。タカオカ弁護人は甲129号証2ページ目や甲55号証資料2を引用して証人に質問をしました。ヒロナカ弁護人は甲124号証資料2、甲60号証資料2を引用して尋問をしていました。

 午後の証人尋問の反対尋問は結局1時間半近く続き、午後2時55分に終了しました。終了後、裁判長から、次回以降の期日について検察側と被告人・弁護人側双方に説明がありました。それによると、次の予定になるようでした。

○第5回公判:10月19日(月)
 当初裁判長は10時からの開廷を提案しましたが、主尋問100分間予定のところ、検察側が80分程度の尋問で大丈夫との見解が示されたため、今日と同様に10時30分からの開廷となりました。法廷は今回と同じく104号法廷です。

○第6回公判:11月2日(月)
 裁判長が当初10時からの開廷を提案したところ、これも同様に10時30分からの開廷となりました。法廷は104号法廷です。

○第7回公判:11月19日(木)
 これは裁判長の提案どおり、今のところ午前10時開廷ということで、変更意見が出ませんでした。法廷はやはり104号法廷です。

 こうして第4回公判は終わりました。閉廷後、検察側と被告人・弁護人側がほとんど退場した後、傍聴人らの退場となりました。荷物札29番を示して手荷物を受け取り、裁判所の外に出ると午後3時を少し回っていました。

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東京地裁を出て、文科省のある地下鉄銀座線虎ノ門駅前の高層の合同庁舎ビル方面を望む。佐野太や石原祐志らがかつて在席したことのある場所だ。
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官高民低の我が国の司法。納得がゆかず、こうして理不尽な判決に粘り強く抗議するかたの心中察するに余りあり。
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裁判所の向かい側の総務省のある合同庁舎ビル。

 相変わらずの雨模様でしたが、傘をさすまででもなく、地下鉄丸ノ内線霞ヶ関から東京まで行き、東京駅から15:40発の上越新幹線とき329号に乗り、16:30着に高崎に着きました。

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高崎に間もなく帰着。

 帰宅して報道をチェックすると、産経新聞がこの第4回公判について記事にしていました。

**********産経2020年10月5日18時14分
https://www.sankei.com/affairs/news/201005/afr2010050029-n1.html
元文科省局長汚職 「公表前に議員やOBに選定結果を通知」、省幹部が証言
 私大支援事業で便宜を図る見返りに、次男を東京医科大に合格させてもらったとして、受託収賄罪に問われた元文部科学省科学技術・学術政策局長の佐野太被告(61)の公判が5日、東京地裁で開かれた。事業の所管課長だった丸山洋司文部科学審議官が証人出廷。「国会議員や省OBから『事業の対象校に選定されたら公表前に教えて』との要求が複数あり、伝えていた。東京医科大もその一つだった」と述べた。
 丸山氏によると、私学助成課長だった平成29年、佐野被告から「東京医科大の選定について結果が分かれば」と求められた。国会議員からの要望か尋ねたが、具体的な返答はなかった。東京医科大側に便宜を図るような指示も出なかったという。
 丸山氏は事前に伝達することに「好ましくないという認識はあったが、公表直前だったので結果が変わることはなく、事業の公平性は担保できた」と述べた。
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■そして当会では、この第4回公判に引き続き、2週間後の第5回公判も傍聴することにしました。

○10月19日の第5回公判傍聴記(次回記事)はこちら
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3225.html

【市民オンブズマン群馬からの報告・この項続く】
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