2010/6/5  10:22

タゴ51億円事件発覚から15年・・・巨額すぎて一人では使えないはずなのに単独犯行を演出した訳  安中市土地開発公社事件クロニクル


■タゴ51億円事件が初めて新聞記事として公表された平成7年6月3日から3日目の平成7年6月5日(月)に、上毛新聞が、不正借入の総額が30数億円にのぼることを報じました。

 このころ、安中市民はまだ不正借入等の金額が50億円を超えることは知りませんでした。タゴ事件を取材した上毛新聞の記者は、市役所や警察の関係者から不正借入総額が30数億円に上ることを確認し、「額が多すぎて、とても個人で使い切れる金額ではない」と自分自身でも感じたことでしょう。これは普通の市民感覚と一致します。

 この記事にもあるように、「公文書偽造により同職員が着服した疑いがある」という見方は、市役所・公社の関係者だと思われます。この背景には、「犯行金額が巨額すぎて、タゴひとりでは使いきれず、横領の共犯がいるはずだ」という市民の反応を恐れて、公社の弁護士が、この事件のことを横領事件でなく詐欺事件として、あくまでもタゴの単独犯行ということを強調する方針が見え見えです。


■それでは、15年前の今日(平成7年6月5日)の上毛新聞朝刊の記事を見てみましょう。

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不正借り入れ30数億 安中市職員の公文書偽造 5年間に10数回?
安中署が使途追及 管理の甘さ指摘も
 安中市で先月三十一日、元同市都市計画課の土地開発公社担当職員が公文書を偽造したとして懲戒免職処分にされた事件で、この職員が文書を改ざんして金融機関から不正に借り入れていた額が三十数億円に上るとみられることが、四日までの関係者などの証言で明らかになった。安中署は職員から連日、任意で事情を聴いているが、今後、同公社、市、関連金融機関に帳簿類など関係書類の提出を求め、事実関係を解明するとともに、三十数億円の使途について厳しく追及する方針。安中市の年間総予算額は約百六十五億円。市予算のほぼ五分の一にあたる巨額の不正借り入れの発覚で、市職員の間に大きな動揺が広がっている。公文書偽造に始まった一連の事件は今後、市側の責任問題に発展しそうだ。
 関係者らによると、同職員が定期の人事異動で同公社の担当を離れた後の今年五月、別の職員が金融機関に対して同公社にかかわる口座の借入残高証明を請求。この結果、実際の残高をはるかに上回る巨額の借入金が計上されていることが分かったという。
 同職員は、公社の事業費を金融機関から借り入れる際、金銭借入申込書の金額欄に数字を書き加え、上乗せ分を不正に借り入れたとして、公文書偽造で懲戒免職処分となった。これまでの関係者らの証言から、上乗せした借入金を入金する別口座が存在したことが分かったが、新たに、同職員が五年ほど前から十数回にわたって、同様の文書偽造を行っていた可能性が高いことが明らかになった。
 市関係者によると、同公社で監査が行われるのは年一回。市の監査が毎月月末に行われるのに対して、公社では毎年、三月末の年度末決算についてのみ行われていた。事業費の借り入れは、年数回行われており、借入申込書は関係各課の決裁を受けて金融機関に提出されている。市はこれまで[別口座は公の帳簿に一切出てこないので、チェックのしようがなかった。公の帳簿の金額に不審な点はない]としているが、職員の間では「なぜいままで発覚しなかったか不思議だ」とする声も出ている。
 また、三十数億円という巨額の不正借り入れには、「公文書偽造により同職員が着服した疑いがある」との見方が強まる一方で、「額が大きすぎる。とても個人で使い切れる額ではないはず」とみる関係者もいる。
 同署は週明けの五日から、本格的な捜査を開始、事実関係の解明を急ぐ方針だ。
 同公社の業務は市が計画する宅地分譲、道路建設などの公共事業に関連した用地取得や販売など。昨年からは磯部、板鼻地区などで、住宅団地の分譲事業を手がけている。
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<上毛新聞1995年(平成7年)6月5日(月曜日)>
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■この記事にもあるように、警察は、少なくとも6月前半は徹底捜査の方針を取っていました。しかし、タゴ事件の関係者は、いち早くタゴ事件の真相隠しのための手段を講じていたのでした。その過程は、タゴ事件の刑事記録に記されています。これまでの当会による記録の分析結果は次の通りです。

 まず、タゴが懲戒免職になった5月31日から警察に出頭した6月2日までの出来事を時系列で並べてみます。

1)平成7年5月31日(水)12時30分頃、多胡邦夫から「家に居る。弁護士とアポイントがとれた」と電話で高橋弘安係長のところに連絡が入った。
2)午後3時30分になって、多胡邦夫が自宅にいることがわかり、午後3時すぎに高橋弘安と竹内清孝が多胡邦夫を自宅に迎えに行き、多胡邦夫を市役所の第一応接室に連れてきた。
3)小川勝寿市長や須藤助役、青木収人役、大塚総務部長、大工原建設部長、加部局長、高橋弘安が集まって多胡邦夫本人に事実確認した。そして、「確認書」を作って多胡邦夫に住所氏名を書かせて押印をさせた。
4)小川市長が5月31日付をもって懲戒免職の処分を口頭で言い渡した。この確認書をワープロで作る間に、小川市長は多胡邦夫に「警察に自首するように。警察に行く前にはこちらに連絡すること」と出頭を促した。多胡邦夫は「一日考えさせてください」と言った。
5)午後6時頃、安中支店長松井と次長清水が市役所に来たが、この時、小川市長は公社の高橋係長と共に対応した。
6)夜、公社監事の坂東非常勤特別職員のところに小川市長が職員を通じて、6月1日午前6時30分に市役所に第二委員会室で至急の会議を開く旨連絡が入った。
7)この日、多胡邦夫の妻は田中善信弁護士のところへ行った(午前中と考えられる)。そして、夕方にも多胡邦夫と妻(多胡春美)と多胡邦夫の弟(=多胡茂美)が田中弁護士に連れられて、穂積始弁護士を訪れた。
8)この時、穂積弁護士は「市長に全部報告し、その上で処分をうけてそれから自首した方がいい」と話した。多胡邦夫は弁護士に事件の内容を言うと、弁護士は「これは大変だ。市の方の市長さんに報告しろ」と話したが、後になって、この時の段階では、多胡邦夫からの弁護依頼でなく、多胡邦夫に「そうした方がいいよ」というものであったと解説している。
9)平成7年6月1日(木)、多胡邦夫が穂積弁護士のところを再び訪れ、弁護の依頼をした。多胡邦夫は「ぜひ自首をしたい」と弁護士に言ったところ、弁護士は「現金、骨董類は全部移動してはいけないよ」と多胡邦夫に言った。
10)午前9時30分から安中市役所で安中市土地開発公社緊急役員会が開かれた。この時、参加者は、多胡邦夫の不正について金額までは聞かされなかった。
11)午前10時30分から安中市議会全員協議会で事件が報告された。
12)午後2時頃、高崎市内の善如寺弁護士の事務所へ須藤助役、大工原建設部長、加部局長、高橋弘安係長、竹田清孝の5人で今後の事件対応を相談に行った。午後5時30分頃市役所に戻った。
13)午後7時前に多胡邦夫の妻から高橋弘安係長に「明日の午後1時半に穂積弁護士と一緒に警察に行きます」と連絡が入ったので、高橋弘安は市長にこの旨を伝えた。
14)平成7年 6月2日(金)午前、小川市長が警察へ告発の相談に行った。
15)一方、多胡邦夫はこの日午前中、弁護士が用事があったため、午後出頭するつもりだった。ところがこの日の朝、市長から警察に通報があり、その時「タゴさんが1時半に行くから」という通報だったことを多胡邦夫は逸早く知った。
16)午後1時半、多胡邦夫が安中署に出頭した。調べに対し多胡邦夫は「総額35億円ぐらい公社の特別会計口座に振込んでもらい騙し取っている。これがバレて懲戒免職になったが、いろいろ考えた末、正直に話をして処罰を受けようと思って出頭した」と述べた。
17)タゴは弁護士から「現金その他骨董品全部動かしてはいけない」と言われていたので、「だから警察により、この日6月2日に多胡邦夫の自宅等にあった金品はすべて押収された」と、多胡邦夫は後日隠し金などはなく、「5月8日に引出したカネも殆ど使わず、自宅の金庫に1000万円くらい、自宅にある(多胡邦夫の)財布に200〜300万円くらい、合計1300万円くらい残っており、5月19日に妻に100万くれた位だ」と言っている。

■ここで注目すべきは、上記7)にあるとおり、平成7年5月31日の懲戒免職の直前に、タゴの妻の多胡春美が田中善信弁護士のところに弁護の相談に行っていることです。当然、その日が田中善信弁護士の事務所のドアを初めて叩いたのではなく、事件発覚直後に、誰かの手引きでタゴもタゴの妻も田中弁護士と接触をしていたはずです。

 田中善信弁護士は、県警幹部と太いパイプをもっており、県警本部長が中央から2年ごとに派遣されてきますが、群馬県に着任した新任の県警本部長がまず最初に挨拶のため田中弁護士を訪問するのが慣例となっています。このことは県警関係者から確認済です。

 ということは、事件の捜査に手心を加えてもらうという何らかの勢力が存在していて、その勢力からのアドバイスで、タゴ夫妻は、田中弁護士を紹介され、事件の詳細を報告して、警察に出頭後の対応策などのアドバイスを受けたことでしょう。

 また、当会には、5月下旬から6月上旬にかけて、タゴが地元の中曽根系の政治家の自宅に少なくとも3回訪問しており、強い政治的圧力がかけられているとの情報が寄せられていました。

■また、上記7)にあるように、タゴが懲戒免職を平成7年5月31日(水)午後4時に、安中市役所で言い渡された後、タゴ夫婦とタゴの実弟で多胡運輸社長の多胡茂美の3人が揃って田中弁護士に連れられて、穂積始弁護士の事務所を訪れたことも、すでにタゴ事件の行方が左右されていたことを示します。なぜなら穂積弁護士は中曽根系の弁護士として著名だからです。

 この一連のタゴ一族の行動をみれば、田中弁護士が警察関係へ、穂積弁護士が司法関係に何らかの影響力を行使することを期待していたことは想像に難くありません。そして、タゴ一族が、市民の知らないこうした実力弁護士を的確に把握してコンタクトできた背景にも思いがめぐります。きっと、タゴ事件関係者が、事件の真相を別の形に歪めて、本件の幕引きを図ろうとしていたに違いありません。このことは、奇しくも2年前に発生した首都高で横転炎上した多胡運輸のタンクローリー事故の顛末でも、事故処理を巡る得体のしれないタゴ一族への配慮により、証明された形です。

■上記16)のとおり、平成7年6月2日(金)午後1時半に多胡邦夫は警察に出頭しましたが、その時にも穂積弁護士が一緒でした。おそらく田中弁護士が一緒だと、安中署の幹部がビックリしてしまい、何も知らない普通の職員が不審に思うことを懸念したためでしょう。だから、田中弁護士は、最初にタゴ事件関係者から事件発覚の知らせを受けて対応していたのに、表に目立つことを恐れて、途中から穂積弁護士に表面的な対応をバトンタッチしたのだと考えられます。

 タゴ事件関係者には当然、市役所の幹部が含まれますが、このことをよく物語っているのが、上記15)にあるとおり、タゴは6月2日、穂積弁護士の都合で午後、安中署に出頭するつもりだったが、そのことを午前中に、タゴの告発の相談のため安中警察署長を訪れた小川市長が、タゴに代わって「タゴさんが1時半に(警察に)いくから」と通報していたことです。しかも、多胡邦夫が、そのことをいち早く知らされていました。これでは、既に、タゴ事件の真相隠しは決定的になっていたも同然でした。

■しかし、その時はまだ捜査の現場にいた警察官らは、純粋に徹底捜査を肝に銘じて、捜査に全力を挙げていたのでした。

【ひらく会情報部】
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