2011/3/15  23:39

千年に一度の大地震の復興祈願を兼ねて野殿白山神社で346年の歴史のある太太神楽を46年ぶりに奉納  国内外からのトピックス

■3月11日午後2時46分ごろ発生したマグニチュードM9.0の東北地方太平洋沖大地震の影響で、最大震度5強の揺れに見舞われた群馬県では、県内の住宅の損害が1万棟を超えましたが、安中市でも60棟で屋根瓦が落ちたりしました。そうした中、かねてから開催が準備されていた野殿太太神楽が予定通り、3月13日(日)午前10時から開催されました。

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野殿白山神社。

 開催に先立ち、地元の野殿地区を始め岩野谷地区では、次の案内が回覧版で各戸に回りました。

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                平成23年2月25日
       野殿白山神社総代会会長  神成英春
       中野殿太太神楽保存会長  赤見秀夫
       岩野谷 第 4 区区長  宮沢忠信
       岩野谷 第 5 区区長  白石 浩
 梅花咲き誇る春暖の候となって参りました皆様がたにおかれましては益々ご健勝のこととお喜び申し上げます
 平素神社関係に対しまして温かい御理解、ご支援ご協力を賜り厚く御礼申し上げます。
つきまして本年46年振りで太太神楽を復活し春の祭典行事を賑やかな楽しい行事の一環としたいと思い太太神楽保存会役員、並びに関係者と話し合いをもち相談の結果復活させたいとの意見が大多数であり復活実施することに決まりました。
 野殿の太太神楽の起源は春の祭典行事の際野殿のかたがたにより当神社に奉納され伝承されてきたと伝えられています昭和40年に太太神楽の300年祭が行われたという記録もあります。
 その後46年経過した今日、お面、衣裳、小道具等の保存状態良好で一部を除き使用可能であり当時現役の神楽師が健在でいるのでその指導のもとに復活に踏み切ったものです郷土芸能無形文化財とし護り継承して行きたいと思います。
 宜しくご支援ご協力をお願い申し上げます。
春の祭典日時
1.日 時 平成23年3月13日(日)午前10時00分
2.場 所 野殿白山比鷽声メ
餅、お菓子など神楽殿から神楽師が投げます
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太太神楽の舞が行われる神楽殿。

■野殿地区をはじめ、昔、碓東小学校に通っていた岩野谷地区や板鼻地区の児童らで、現在は50代半ばを超える世代の人たちにとって、この太太神楽は「だいだい」と呼ばれて、地区の大きな楽しみのイベントでした。
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野殿白山神社入り口の鳥居。

 それが、昭和40年以来、実に46年ぶりに復活するというので、まだ大地震の興奮も冷めやらぬなか、当日は、100名近くの地元民が野殿の白山神社にあつまりました。

■この太太神楽は、1965年、寛文5年に始まったとされており、以来ずっと野殿地区で受け継がれてきました。しかし、東京五輪の翌年の昭和40年、1965年3月の「太太神楽三百年祭」での奉納を最後に、途絶えていました。

 それが、今年になって、この太太神楽の舞を担当してきた野殿地区の中野殿公会堂で、舞で着るさまざまな衣裳や、舞で顔に被る各種のお面が全て保管してあることがわかり、安中市教育委員会にも立ち会ってもらい、見分してもらったところ、非常に保存状態がよく、郷土文化的にも価値の高いものであることが判明しました。

 安中市の市史の本によると、この太太神楽の起源は前述のように約346年前に始まったのですが、衣装やお面も360年前のものが残っており、関係者の間では、「じゃあ、それらだけでも市民の皆さんに見てもらおう」という話になりました。

■その際、これらの衣裳を手に取り、お面を付けてみた地元住民の中に、唯一、神楽舞を覚えている赤見五一さん(83)がおり、驚くべきことに非常に記憶がはっきりしていて、それなら、衣装をみせるだけでなく、実際に舞を復活してはどうかという提案が住民の方々から自然に出てきました。

 そこで、今年の2月初めの春契約という中野殿の住民による恒例の会合の場で、正式に太太神楽の復活に向けた保存会の結成が決まりました。そして、唯一、神楽舞を知る赤見五一さんの指導で、さっそく2月から練習を繰り返してきました。

■太太神楽には舞が13座あり、一座あたり20〜30分かかります。今回は「御幣の舞」、「神酒作」、「種まき」、「浜遊び」、「もちつき」、「剣ぶち」の6座が復活奉納されました。
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「御幣の舞」
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「神酒作」
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「種まき」
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「はまあそび」

 太太神楽が最も盛んだったのは、明治から昭和初期でした。当時は野殿地区から、舞手らがリヤカーに神楽に使う荷物や支度を積んで、出張講演をしました。板鼻地区にあった鷹巣神社、あるいは安中の愛宕神社、熊野神社などから依頼があり1日がかりで、訪問先の神社で公演した時期もありました。

■本来であれば、春先ののどかな1日を復活奉納の神楽舞を観覧して過ごすはずでしたが前々日に発生した1000年に一度と言われる大地震により、中止の話も出ましたが、むしろ、募金活動を兼ねて、少しでも被災者の方々の役に立ちたいという気持ちを込めて開催に踏み切りました。
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震災復興の募金箱。
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太太神楽奉納の寄付金。寄付者の筆頭に、保存会長と親しいサンパイ業者の名前があるのが気になる。

 そのため、派手な行事、たとえば神楽殿からのモチ投げは地元の老若男女にとって、楽しみなイベントでしたが、神楽殿から手渡しで配布する方式に切り替えて、なるべく派手なパフォーマンスは控えることで、地震で被災した方々への配慮をしました。
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太太神楽を鑑賞する地元住民の皆さん。

 ぜひ、今後とも、毎年、地元の伝来行事として継続させていきたいと願ってやみません。また、ぜひとも震災の被災者の皆さんには一刻早い復興を祈念します。
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地震で頭頂部が落下した石塔。
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落下した頭頂部。
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地震で倒れた地元の墓地の墓石。




【ひらく会情報部】

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2011/3/24  17:47

投稿者:ヒカル

今回の、東北での過去にない大地震・原発の危機(安全性があると言っていたのに、即、放射能に汚染されている現状がある。しかし、政府は、状況を隠すだけである。)
政府は、AOKのホームページで、タヌマの預言・アイクルテンの預言を何回も読んで、全てを理解していても、何も動かない! 動かなかったが故の、今の惨状である。
  私自身も、弱くて、救世主の必要性を強く感じながらも、今まで何も出来なかった一人だったが、もう弱さを捨てて立ち上がる事を決意した!
このままでは、復興どころか、もっともっともっと、世の中は悪化するだろう。
  一人一人が立ち上がり『救世主スバル元首様』を、世に引っ張り出す動きをとることしか、救いはない!!
もう時間がない!

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