51億円事件第5回公判(平成8年1月18日)その1  安中市土地開発公社事件クロニクル

平成7年(わ)第333号
証人尋問調書(第5回公判調書)平成8年1月18日
多胡春美(42歳)会社員 群馬県高崎市上小塙町XXXX
尋問及び供述

主任弁護人  ※穂積始弁護士
あなたが結婚したのが昭和53年ですね。
 はい。
当時は高崎でお住まいをしたと。
 はい、そうです。
それから、今度は安中のほうへ移転したということですね。
 はい。
結婚した当時から、多胡さんはマージャンをしてたんですか。
 はい、ほとんど毎日してました。
マージャンでもうけたとお金をもらったのは、いつごろなんですか。
 結婚してしばらくたってからです。
一年ぐらいたってからもらったということですか。
 はい。
どのぐらいもらったのかな。
 最初は、マージャンということですから、金額は少なかったと思います。何万という単位だったと思います。
要するに、生活費以外に、マージャンでもうけたというんでもらってたぐらいね。
 はい。
競馬でもうけたというんで、もらったこともある。
 最初のころはなかったですけれども、どのぐらいから競馬になったのかが記憶にないんですけれども、結婚してしばらくたってからだと思います。
58年にベンツ買ってますね。知ってる。とにかく外車買った。
 多分間違いないと思います。
そのお金をどこから工面したか、分かりましたか。
 いいえ。
全然分からなかった。
 はい。
すると、マージャンでもうけたとか、競馬でもうけたとか、その程度だったんですか。
 そうです。はい。
マージャンのレートというか、結構高いんですか。調書上はうんとレートが少ない調書になってますけど、実際どうなの。
 実際は、幾らが高いのか、幾らが安いのかは分かりませんけども、高かったと思います。
あなたもマージャン荘に勤めてたことあるね。
 はい。マージャンはできませんけれども。
大体一日うまくいくと30万とか50万もうけるとかいうレートでやったということは知ってた。
 はい。
その中から、もうけてあなたにやったということかな。
 はい。
59年に自宅を新築しましたよね。
 はい。
土地は、あなたの土地ですね。
 はい。
相続でもらった土地ですか。
 はい。
自宅を新築した、そのお金はどういう形で工面したか。
 それは銀行で借り入れたと思います。
記録を見ますと、60年の3月までは横領してお金をもらったということらしいですけれども、それは別としても、その金は使ってないかな。
 分かりません。
それから、57年かな、8年かな、あなたが喫茶店をやることになりましたね。
 はい。
なんという名前ですか。
 チャリンコです。
人がやった喫茶店といか、これ、喫茶店じゃなくて、カラオケとかなんかのスナックか何か。
いいえ、喫茶店です。
を引き継いでやったわけですね。
 要するに借りて。
それは何年ごろ。
 57年だと思います。
そのときは、けっこう収入がありましたか。
 はい。お客さんはかなり来ていただきました。
自分で食べる分ぐらいは収入があったわけね。
 はい。
にもかかわらず、58年、9年かな、だんだん本人からお金が、生活費というのは別としても、多くくれることになりましたね。
 はい。
これに対しては、あなたは不思議に思いませんか。
 ちょうど景気のいい時期というんですか、株が上がってきたとか、例えば競馬に行ったとか、そういうことで、何ら不思議には思いませんでした。注意すればよかったんでしょうけれども、そういうことは考えたことがありませんでした。
本人の給料で売り買いしたとかという感覚だったのね。
 はい。
それから、あなたが土地を買って、現在の喫茶店珈琲ぶれいく、喫茶店を買ったのは、63年。
 そのころだったと思います。
そのお金は、どうしたんですか。
 それも、借入を起こしてます。
上物については。
 それは特に記憶にないんですけれども、建築を頼んだ先が主人の親戚ということで、割と意識して考えなかったんですね。主人とその工務店との話合いで始めたものですから。
そのお金はどこからきたか。当然、市役所の収入では、買える、また建築はできないわけな。
 はい。
ですから、どこからそういうお金がきたと、これについては疑問に思いませんか。
 例えば株でもうけたとかという話、100万もうけたら100万もらったという感覚がなかったんですね。ですから、主人も少しずつそういうものを蓄えているんだろうという感覚しかなかったんですね。
それから、だんだん金額が増えてますね。
 はい。
平成4年には、40万とか50万とか、次は60万とか、最後は100万ぐらい月々もらったということになってますね。
 はい。
それから、家屋の改装ですね。それからお姉さんが今住んでいる土地を購入したとか、リゾートマンションの利用権を買ったということですね。
 はい。
そのお金がどういう形で入ったか、全然不思議に思ってませんか。
 私がチャリンコをやめるころから、骨董品を買うことを控えて、売ることに重点を置くと思ってたんです。ですから、今まで少しずつ蓄えたものが、それを処分することによって、そういうことができるのかなと思ってしまったんですね。
チャリンコとか珈琲ぶれいくのお客さんから、骨董品の売買の話とかということは見たり聞いたことあるのかな。
 はい。お客様も、例えば商品を見て欲しいという感じ、私には商品のこと分かりませんから何とも言えませんけれども、実際に欲しいと言う方が見えたりしてたもんですから、そういう売買があるものと思ってました。
だから、そういう生活もできるというようなことだったんですね。
 はい。
現在の段階で、あなた自身がもう少し気を付ければという気持ちは、現在どうですか。
 事件を知ってから、今までいろんなことを言われてきました。奥さんが知らないはずはないというのが、最初はそれに反発したんですけれども、最近は、やはりそれが正しいと思います。私の注意が足りなかったと思います。
あなたが注意すれば、どこからお金がくるんだとか、どういう形のお金だとか注意をすれば、こういう事件を途中でやめることもできたかもしれないな。
 はい。
これは、あなた自身も責任があると、現在は思ってますね。
 はい。
ところでこの事件が発覚して分かったのはいつごろですか。
 主人から話を聞いたのは、(平成7年)5月の29日です。
で、30日に、これは長野から電話があって、あなたが飛んで行ったと。
 それは29日です。
それから、30日に帰ってきて、どうするかというんで相談したわけな。
 はい。
で、31日ですか、田中先生と私のところへ来られたということですかね。 ※田中善信弁護士
 はい。
で、夕方、多胡さんと、あなたと、弟さんかな、来まして、これは市長さんに全部報告しちゃうよという話だよね。
 はい。
その上で処分を受けて、それから自首したほうがいいよという話をしたのね。
 はい。
で、明くる日また来ましたね。
 はい。
その段階で、弁護をお願いしたいと。
 はい。
是非自首をしたいということだったよね。
 はい。
その段階で、現金、骨董品、これは全部移動しちゃいけないよと私から言われて、そのまま置いたと。
 はい。
で、(平成7年6月)2日に出頭する際、私の都合で午前中行けないんで、午後出頭したと。
 はい。
これは間違いないな。
 はい。
ところが、2日に市長から警察のほうへ通報があったということだったね。
 はい。
多胡さんが一時半に行くからという通報があったと。
 はい。
知ってますね。
 はい。
で、出頭したと。
 はい。
この骨董品の売買につきましては、あなたが売買ができないという形で、これを全部私に任せたということですね。
 はい。
で、全部売却したということですね。
 はい。
残った分はありますね。動産、株券とか。
 株券は処分できましたね。
結局白水カントリーの会員権が任意解約できないというんで売れなかったというのが一つと、もう一つは、リゾートの利用権ですか、二つありますね、ハワイとサイパンかな、これは売れなかったと。
 はい。
それ以外は全部換価したということですね。
 はい。
その報告は私から聞いてますね。
 はい。
それを全部換価して、通帳入れて、支払ったというのね。
 はい。
で、800万円現在残ってると。これ、知ってますね。
 はい、分かりました。
それから、残った分ありますね。
 はい。
これはどういうふうに考えてるの。不動産ね。
 これは穂積先生と田中先生にお願いするより仕方ないと思います。
家屋が二棟、これは自宅のほうですね。それから珈琲ぶれいくの場所に喫茶店と倉庫があるということですね。
 はい、そうです。
その下の土地は、あなたの名前ですね。
 はい、そうです。
それについては、どう思う。
 一応それも先生にお願いして、処分の方向を決めていただきたいと思ってます。
とにかく、あなたの持ってる財産、それからあなたの名義で持った財産は、全部やっておきたいという気持ちですね。
 はい。
通常、ここまできますと離婚ということも考えられるんですけれども、その気持ちが全くないらしいですね。
 ありません。
どういう形ですか。今の心境は。
 離婚については、全く考えておりません。やはり先ほども申し上げましたように、私の責任というものが大きかったと。やはりこの事件は私にも責任があると思います。
だから、これは離婚しないで、本人が出るまで待ってるという気持ちでいるんだということですね。
 はい。
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