港湾都市ナホトカの過ぎゆく短い夏の日(その4)  国内外からのトピックス

■ナホトカ市内には日本人墓地があります。第二次世界大戦終結直前の8月9日に対日参戦したソ連は、8月15日の終戦後も8月下旬から9月初めまで戦闘行為を継続しました。ロシアは第2次大戦の終戦日は、米国戦艦ミズーリ号で降伏調印式が行われた9月2日だと主張しています。

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ナホトカ港を見渡す丘にたつ戦没者祈念塔前で記念写真を撮る新婚カップル。夏場の週末は新婚カップルのシーズンだ。


 そして終戦から翌46年の夏頃までの間に、満州、北朝鮮、南樺太、千島に駐留していた旧日本人の軍人約65万人や民間人約40万人の合計105万人は旧ソ連、モンゴルに約1200カ所点在していた収容所に抑留され、約10年に亘り土木建築や鉄道建設、炭坑作業等の重労働を課せられました。抑留中に労役、病気、寒さ等の厳しい状況の中、多くの日本人が犠牲になりました。その数は6万人とも35万人とも言われています。

 ナホトカ市の日本人墓地では、2004年6月から同年9月まで4回に亘り日本政府が遺骨収集作業を行い、524柱を収集しています。同地区には石碑が建立されています。実際に場所を訪ねてみましたが、ナホトカ市民に場所を聞くと、一般の人はあまり知っていませんでしたが、近くに住む人はよく知っていました。場所は市の南部の高台にありますが、遺骨収集後はあまり管理が行き届いていない様子で、背丈ほどもある夏草が周囲を覆っています。鉄柵で囲まれた石碑の後ろ側には日本国政府により1972年7月に建立されたことが記されていました。ナホトカ湾にそって南に下る目抜き通りを進み、左に90度曲がる交差点の2つ手前にあるセニヤービン通りを700mくらい上った右側の建築中の家の前の草むらの奥の樅の木の下にあります。

 戦後65年を経過して、一般に、現在のナホトカ市民の日本への関心度は相当高く、レストランの名前にも日本語の名前を付けたり、スーパーの食品売り場には、日本製ビールや食品を沢山見かけます。自動車は、ウラジオストク同様、走っている自動車の95%は日本車です。しかもその大半は右ハンドルです。

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牛の散歩で一時停止。ロシアの道路は冬は凍結、夏場は泥濘や冠水、そして凸凹という条件のため、四輪駆動車の人気が高い。写真は一番人気のトヨタのランドクルーザー(ランクル)。一方、三菱はロシアでは故障が多発するのだとか。理由を聞くとGDIとよばれる直噴エンジンだという。ロシアのガソリンは精製度がよくないので、直噴ノズルが詰まりやすいのだという。

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ロシア製の車は外国車に比べると価格が安いが、乗り心地は比較にならない。

■ナホトカ市では、極東国立総合大学ナホトカ分校、国立ウラジオストク経済サービス大学ナホトカ分校をはじめとする教育機関で約120名(2008年11月現在)が日本語を学習しているそうです。

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ナホトカの入口のT字交差点にある女神像。

 娯楽施設としては、ナホトカでもご多聞にもれずコンサート・ホール、映画館、ボーリング場、テニス・コート等があります。でも、やはり市民にとっては夏はアウトドアライフです。魚釣り、郊外の別荘(ダーチャ)での野菜作り、海水浴、キャンプ等、豊かな自然の中で過ごすことが主な娯楽となっており、夏場は彼らにとってベストシーズンです。

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ナホトカ市内随一のボーリング場「TSUNAMI」。東日本大震災を契機に命名したのではなく、以前からこの名前だったとか。中にレストランもあり、日本食もメニューにある。

■ソ連崩壊後、ロシア経済社会は混乱の極みを経験しましたが、その後、石油ブームにのって、市民の生活程度は格段に良くなりました。光熱費や住居費が安いこともあり、夫婦共稼ぎなら、可処分所得は結構な金額になります。また、ソ連時代の遺産として、ほとんどの世帯が郊外にダーチャという土地付きロッジを所有しており、冬季以外の週末は、そこで農産物の栽培やレクリエーションを楽しんでいます。

 一方、ソ連時代の負の遺産としては、マフィアの存在があります。今回、取材に同行したレンタカーの運転手によると、「以前、ウラジオストクでも有名だった日本食レストランで働いていたが、オーナーがマフィアとのトラブルで居なくなって廃業を余儀なくされ、自分はコックだったが失業して、今の職に移った」というくらい、市民生活の中にマフィアの影が影響を及ぼしているのは事実のようです。

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ナホトカ市民に人気の日本食レストラン「SAMURAI」。味はさほど問題ない。ロシア人の好む照り焼きソースが味付けの定番。
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曜日で日替わりのランチメニュー。230ルーブル(約690円)。
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ランチに付いてきた海苔巻セット。ワサビの量に注目!

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ロシア料理なら、ホテルPiramide(ピラミッド)の1階にあるレストランPlamide。少し高いが、料理の味は太鼓判。なのになぜかガラガラだった。

 ショバ代や自動車泥棒、違法な輸出入(例えば花咲港でのロシア産のカニの取引き)など、役人を買収して営業許可を取得したり、国の事業を受注したり、巨大産業の民営化で甘い汁を吸ったりします。

 そして、通常の市民が悩まされるのがこのマフィア的な価値観の広がりです。通常、我々旅行者や一般市民がマフィア同士の抗争に巻き込まれることはほとんどありません。しかし不正行為にはときどき出くわせます。ロシアでの諸手続ではいろいろな関係する法律が頻繁に引用されますが、実際には袖の下で、“ウルトラC”が可能なのです。

■今回、ナホトカに行く途中、突然乗っている車の後ろについたパトカーがサイレンを鳴らして、停車を命じてきました。一瞬、パスポートチェックかと思いきや、停車した車に警察官がやってきて何やら話すと、車の登録証か何かの紙切れをもって運転手が後ろのパトカーに行き、10分くらい半紙をしていました。

 やがて戻ってきたので「いったいどうしたんだ」と訊くと、「後で話す」といって、財布から1000ルーブル(約3000円)を取り出し、再び後ろのパトカーに行きました。戻ってきてドアを閉めてエンジンをかけ、車でしばらく運転してから、落ち着いた様子になると運転手が口を開きました。「よくあることさ。連中は理由もなく呼びとめてワイロを要求するんだ」

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1000ルピーをせしめて我々を追い越していったパトカー。

 運転手いわく、「こうしたことはしょっちゅうある」のだそうです。警察に停車を命じられ、違反をとがめられますが、ほとんどがいいがかりで、2000円から5000円の賄賂が目当てなのだとか。

 日本の警察官にはこのような行為をするものは殆どいませんが、そのかわり、ネズミ捕りはロシアより熱心です。また、警官によるワイロ要求のかわりに、組織的な裏金づくりが行われており、体質的にはどっちにも共通性があるといえるでしょう。

■ロシア人が日本人をうらやましいと思っていることの一つに、「先祖代々の家系」だとか「先祖代々の住居」があります。日本では、菩提寺にいけば過去帳が見られるし、田舎であれば墓地に行くと数世代前の先祖の墓で確認できます。

 ところが、ロシアの場合は、ソ連時代に共産主義思想にじゃまな宗教の弾圧があり、ロシア正教の活動は禁止されていました。また、居住の自由も奪われ、国家の都合で、家族が離れ離れになったり、ふるさとを離れて流浪の人生を歩まされました。そのため、先祖代々を遡れる環境にある日本人がうらやましいと感じる人がたくさんいます。また、先祖代々が済み続けている古民家にも憧れがあるそうです。

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ナホトカの港を見下ろす丘の上に立つロシア正教のフラム・カザイスカヤ・ボージャ・マーチ(カザンの聖母教会)。

【ひらく会情報部海外取材班・この項おわり】
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