
2002年12月22日。英国サマセット州の自宅で、犬の散歩から戻ったジョー・ストラマー(元THE CLASH)は心臓発作を起こし、椅子に座ったまま亡くなる。
その2ヶ月前の10月22日。ロンドンの自宅リビングのソファでテレビを見ていたパディ・フィールド(元RAPED/CUDDLY TOYS)は、突然、脳梗塞に見舞われる。
「……急に何かが背中から上って来たと思ったら、頭の中が爆発したんだ」
その”何か”は、医者によれば小さな血の固まり=血栓。血管の中を流れながら、どこかで引っかかり血流をふさぐ。その場所が脳の血管なら脳梗塞、心臓なら心筋梗塞。ドラッグをやっていた人間は血栓ができやすいという。
「エクスタシーが出てくる前、ロンドンのパンク連中はみんなスピードをやってたの。スピードは血をドライにして詰まりやすくするから、やめたあとでもこんな形で影響が出るんだ、ってお医者さんは言ってた」
かろうじて一命を取り留めたパディだが右半身がマヒ。口もきけず、意識にモヤがかかったような状態で、ジョー・ストラマーの訃報を聞いた。
「ああ、自分と同じことが彼にも起こったのかなぁ……ジョーは頭が良かったから脳の血管は丈夫で、心臓に来ちゃったのかなぁって、思ったよ」
1970年代後半、ロンドンのパンク・シーンは小さなコミュニティのようで、パディが在籍したRAPEDのギグにTHE CLASHのメンバーが顔を出すこともよくあったという。
「パンクの集まる所はだいたい決まってたから、自然に知り合いになるの。その中でもジョーは年上で、別格っていうか、やっぱりパンク・ヒーローだった」
数年に及ぶリハビリで右半身の機能を回復したパディは、日本でPADDY & NEW TOYZを結成。2010年12月22日、ジョー・ストラマー追悼のステージに立つ。
「当時の仲間は本当にたくさん死んじゃったけど、僕は運良く生き残って、身体も動くようになって、またバンドができる。神様から時間をもらったと思ってるの」
2年前にパディが一時帰国した時、思いがけず名古屋のパンク・イベントに呼んでもらった。そのイベントの名前は『RADIO CLASH』だった。今回、バンドが新体制になり、最初に決まったライブがジョー・ストラマー追悼企画。不思議な偶然を感じながら、当日はTHE CLASHのカヴァーを1曲、ジョーに捧げる。
1977年12月、ロンドンのROXYで演奏するRAPED。パディ16歳。
